今まで逆張りしてなぜか読んでこなかった、有名作家・人気作家と向き合う。
「容疑者Xの献身」東野圭吾
「墓地を見おろす家」小池真理子
「月光ゲーム」有栖川有栖
「残穢」小野不由美
「火車」宮部みゆき
「じんかん」今村翔吾
「厭魅の如き憑くもの」三津田信三
「ペンギン・ハイウェイ」森見登美彦
「何者」朝井リョウ
「緋色の研究」コナン・ドイル
「容疑者Xの献身」東野圭吾(微ネタバレ)
本当はシリーズものじゃないほうが良かったのだけれど、「白夜行」のページ数を見て心が折れた。
ガリレオってドラマも見たことないんよね。犀川先生より社会性があった。人間味があって、コーヒーはインスタントで、煙草は吸わない。
どんでん返しのあるタイプの倒叙ミステリとかそんなジャンル。最初に情報が開示されてそのあとの駆け引きを純粋に楽しむタイプと、肝心な情報が巧妙に隠されてそれでミステリを構築するタイプ。本作は後者の最も有名な作品と一つということなんだと思う。綺麗に構成されていて、伏線はフェアで、そして人間の感情があってドラマティックだった。人気の出る要素しかない。
珍しく半分ぐらいでギミックは予想できて、比較的わかりやすく材料が提示されている気がした。鮮やかな意外性がありつつ、そのあたりは一般に受け入れられやすい範囲のミステリにうまく調整されていると感じた。
あと今更何を言ってるんだお前はって感じだけれど文章がめちゃくちゃうまい。端的な表現と計算された描写の選択でリズムが良く、作品の臨場感に繋がっている。
「墓地を見おろす家」小池真理子(微ネタバレ)
モダンホラーの先駆ともされる作品。今から見ると怪異自体の描写はわりと素朴だと思うものの、37年前に書かれたという古臭さは全く感じない。2000年代の作品って言われても信じてしまいそう。
生と死の境界でストーリーを構築しつつ、視点となる家族の背景設定と内面描写が特徴的で興味深い(好感は持てないけれど)。夫の前妻を自殺に追いやった夫婦は死から目を逸らし続けており、それが彼らの対峙する死者の世界と明確な対照をなしている。怪異に目を向けると気付かれてしまうという描写はありがちだけれど、目を背けていれば救われるのかみたいなね。
語られていない部分が結構残るタイプのホラー。彼らが目をつけられた背景に前妻は関係するのかとか、問題の寺は現象に対してどういったスタンスなのかとか、地下道が完全に埋められなかった詳しい経緯とか、なんで地下道に繋がる形で地下室を作ってしまったのかとか。そのあたりを説明するような形では話は広がらず、基本的には家族のストーリーとして閉じている。それもまたモダンホラー的だということなのかな。
「月光ゲーム」有栖川有栖(ネタバレ)
シンプルに面白かった。37年前の作品にしてはとかそんな留保が必要なしに、今でも余裕で魅力的な設定のパズラーとして成立している。火山の噴火に脅かされる陸の孤島、極限状態のフーダニット。
読者への挑戦状がついているタイプのいかにもなパズラーでありつつ、青春とサバイバルと少しのオカルティズムとが含有されたストーリーは印象的なものだった。終盤の雰囲気がとても好き。
なお自分の推理は清々しいまでに外れた。博士だと思ったんだけどなぁ。挑戦状がついてるようなミステリに対して勝率が低すぎる。一見不可能に見える事件のタネを考える問題より、誰にでも可能そうな状況で正解を識別する問題の方が難しい。種明かしは強引に感じる点もありつつ、マッチのところの論法はロジカルだったと思うし、そこを根拠として絞り込むっていうのは納得するしかなかった。
適当なタイミングで続編も読んでみたいけれど、シリーズ追い始めると果てがなさそうで尻込みする。来年への宿題ということで。
「残穢」小野不由美(微ネタバレ)
マンションで起きる怪異現象を端緒として、過去に遡りながら怪談が連鎖する、重厚なドキュメンタリーホラー。視点は作家自身(を思わせる人物)になっていて、土地に付随する因縁を調査して追跡するという建付け。
ディティールの作り込みが凄まじい。関係する人物の家族構成・来歴から始まり、土地の成り立ち、戦争やバブルも挟む歴史的な経緯が仔細に書き込まれており、現実感のある怖さの描写に繋がっている。民俗学的な視点を中心に作家の幅広い知識と綿密な下調べを感じるところで、こういう言い方が正しいのかわからないけれど、なんというか「格の高いホラー」って感じ。
奇を衒ったギミックや目新しい小道具は出てこないけれど、「穢れ」を主題として語られる世界観は、当たり前に怪異が存在するかもしれないという恐ろしいものだった。穢れは残り、伝染し、だけどそれ自体には意図はない。
どこまでが怪異現象でどこからが虚妄かはっきりしないという書き方にもなっていて、個人的にはその曖昧な「はっきりしなさ」がとても怖かった。あるいは、穢れた場所に触れても平気な人がいるという書き方も別の側面からの曖昧さと言える。はっきりと識別できる形で存在していない、でも我々の世界と隣接するように災厄が当たり前に横たわっているのかもしれない。それは本当に怖い。
「火車」宮部みゆき
すごい作品だった。
第一に、サスペンスとして抜群に面白い。彼女の足取りを追うストーリーは驚きと悲しさに満ちていて、長編ながら一気に読ませられる。当時の社会とその背後にある精神性、そこに生きる人々が生き生きと描かれており、今読んでも真に迫った印象を受ける。
細かい部分については、もちろん時代を感じさせる描写もある。昔のオフィス環境や街の姿はレトロに感じるし、情報に関する取り扱いでは「おおらかな時代だなー」という感想を持った。一方で、作品全体に横たわる主題については時代を超えた普遍性があり、作家の視線の鋭さを如実に示している。
金融の不安定性については常にシビアな問題であるし、作品の16年後には世界金融危機があった。情報・虚飾・孤独に翻弄される人間の痛ましい描写は極めて現代的でもある。自己責任論に反論する弁護士は、今の世界を見てどう思うのだろうか。幸せになりたかっただけなのに。その言葉はとても重い。
初読だったけれど、題材の重さの一方で、多くの比喩表現も含むイメージ豊かな表現が印象に残った。人間の描き方がすごく魅力的。好感を持てる登場人物もたくさん出てきて、彼ら彼女らに読者は共感できるし、時に微笑ましい。一方で、そうでない彼ら彼女らも単に切り捨てるのではなく、その背後にあるものを含めて造形されていると感じた。
「じんかん」今村翔吾(微ネタバレ)
時代小説って本当に読まなくて、どんなものかもあまりわかっていなかったのだけれど、とても自由なものだということがわかった。下剋上や謀反のイメージで語られがちな松永久秀、その人生を語り直すという趣向の歴史巨編。
先進的な価値観と思考でキャラ付けされた久秀が苦闘しながらも人との縁を繋ぎ、前に進もうとするストーリーは現代人の視点からもわかりやすく、感情移入しやすいものとなっている。人気のある作家だというのがよくわかる。
基本的には主人公側を完全な善として描いていて、個人的にはそれは物語の作り方としてあまり好みではないことも多いのだけれど、このモデルだからあえてそういう描き方になっているということなのかもしれない。他の方の感想も見ていて、円城塔「去年、本能寺で」にあったようなSF的な読み方ができるというのが興味深かった。
悪人として語られてきた松永久秀、というのは歴史においてフィクションにおいて構築される松永久秀の概念に制約があるということで、可能性の集合が狭いという言い方ができる。物語の中で登場した歴史上の偉人の足を引っ張るような力の存在は、初読ではあまりピンとこなかったんだけれど、なるほどそういう文脈で捉えることができるのか。
エンタメとして理解しつつも、全く史実に基づかない完全な創作の人物像ってもやもやするところもあったのだけれど、むしろだからこそ意味があるという視点は面白かった。
「厭魅の如き憑くもの」三津田信三(ネタバレ)
刀城言耶シリーズ一作目。面白すぎて来年はシリーズ全部読もうと決めた。さっき。民俗学ホラーと本格ミステリのトロの部分だけ集めて握られた寿司みたいな作品。私はこういうホラーが好きだし、こういうミステリが好き。
憑き物を主題に、現実と非現実の境界にあるような山深い村で起こる怪死事件、とそこにのこのこやってくる怪奇幻想作家。多量の民俗学的な蘊蓄を交えながら世界観と事件の経緯が書き込まれていき、それがミステリ部分の土台にもなっているという構成が素晴らしい。
犯人は蓮次郎!ミステリ部分もまぁまぁ楽しめたなガハハGG、って思ってたら最終章で多重解決が始まって泡吹いた。ちゃんと現代的な本格ミステリやってるやん…。こういう大掛かりな仕掛け好きだなぁ。まさしく神の視点だったっていうオチ、綺麗にやられすぎて笑ってしまった。
ホラーとしても、表現にいちいち雰囲気があってとても良かった。兄弟が踏み入った山の悍ましさだったり、出入り職人が語る子供時代の恐ろしい体験だったり。そして、やはりバックグラウンドの書き込みが本作を特異なものにしている。憑き物、信仰、村の成り立ち。憑き物筋への差別みたいな軸も興味深く読めた。複数の軸が提示されて、それは悪くいうと主題が散漫になっている印象も与えかねないわけだけれど、それらもすべて最後の多重解決の前フリになってるのがエグい。
「ペンギン・ハイウェイ」森見登美彦
世界を研究する少年のSF。少年に「少年」と呼びかけるお姉さんが出てくる。やったぜ。かわいいペンギンもいっぱい出てくる。良い小説だった。
少年は少年なので、どれだけ聡くてもどれだけエネルギーがあっても、その世界には限界がある。わからないこともままならないこともたくさんあって、それでも謎を追いかける少年の記録は時に微笑ましく時に切ない。
他方、世界の果てを求める試みは、少年に限らず人間の(科学的な)営みそのものであるとも言える。探求に関する父親の言葉は示唆に富む。理不尽でも悲しくても世界の果てを見ながら私たちは生きていく。
印象的な言葉がたくさん出てくる作品だった。私というのも謎でしょう。
「何者」朝井リョウ(微ネタバレ)
人によっては劇薬になりそうな恐ろしい小説だった。動悸がしてきた。就活対策のため集まるようになった若者たち、不安定な時期の関係性の中で自己と向き合う彼らの就職活動。
就職活動という特異なイベントを扱った作品は様々にあれど、本作が描き出している彼らの内面はあまりに質感がある。焦燥、妬み、苛立ち、そして冷笑。ネガティブな感情が隙間から僅かに漏れ出すような言葉が紡がれていく。
SNSが本作のテーマにおいて効果的に使われている。ただ、一方でSNSの問題なのかというと違う気もしていて、もっと言うと就職活動の問題でもないのかもしれない。SNSがあろうとなかろうと、あの時期に直面することになる痛みは存在し、本作で描き出される黒い感情と多くの人は人生のどこかで向き合う必要がある。終盤の理香の叫びは、就職活動なんてはるか昔に終わった人間にも強く響く。
あの時期にあった痛みを思い起こさせ、同時にそれが本当にすべて過去のものなのかが一人ひとりに突きつけられる。自傷行為のような読書だった。
「緋色の研究」コナン・ドイル(微ネタバレ)
厳密に言うと子供時代、親に買ってもらって短編はいくつか読んだ記憶がある。こういうのを子供に読んでもらいたい気持ちは今では理解できるが、当時はほとんど刺さらなかった。時は流れ、シャーロック・ホームズにはにわか知識しかないままこの年になってしまった。
ワトスンとホームズの出会いから始まる第一作。開幕から凄い勢いで属性が盛られていく名探偵。長身、驚異的な観察眼、極端に偏った熱意と知識、武道の心得、ヴァイオリンを嗜む、探偵術を褒めると照れる。にわか知識でも知ってたものから意外だったものまで様々で楽しい。
探偵小説ではあっても、読者が一緒に推理しながら読むという作品ではないということでいいのかな。びっくりするぐらい読者に情報を明かしてくれない名探偵。実はこういう材料を見つけていたんだと後から出される書き方は逆に新鮮で、これはこういうものなんだろう。これを読んで、フェアじゃない!とか言い出したらやばいやつになってしまう。基本的にはホームズの魅力を楽しむ、ヒーローものとしての側面が強いのかなという印象を持った。
内容は推理劇のほかにも軽快な会話あったり、アクションがあったりと楽しかった。何より本作は、たっぷり尺を使った背景描写が印象深い。解決編が始まったと思ったらいきなり過去の北アメリカ大陸中部に場面が飛ぶダイナミックな構成。このパートはこのパートで、雄大な自然の中でスケールの大きい物語が生き生きと描写されていて、作家が幅広い分野で執筆を行っていたことを感じさせられる。
それにしても実在の宗教でここまで書くのはなかなかすごい。そりゃ冒頭に注意書きも付されるわ。当時の話だったとしても…という気もしていて、同時代の宗教を完全にフィクションでやばい組織として描くのが許されるかと言うと、現代の感覚ではちょっと理解しにくい。
シリーズに繋がるような締めも印象的だった。ワトスンはホームズの活躍を記録し始め、世界中で愛されるシリーズが生まれる。
溜まったらまたやりたい。