祖母の夢

きの
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夢を見ながら驚いていた。父方の祖母の夢を見るなんて。生まれて初めてじゃないだろうか。

そこは介護施設のようだった。プールを使ったリハビリを終えて、水着姿の母が周りの利用者さんと一緒にニコニコ笑っていた。杖もついていなかったし支えも必要なかった。とても元気そうだった。

その隅に、明後日の方向を見ている祖母の姿があった。周りに人が大勢いるのに、いや、だからこそその姿は孤独そのものだった。認知症が進んでいて、周りの何にもなじめなくて怯えているのだ。高い背を丸めていた。いつもきちんと結われていた髪は短く切り揃えられ、ばらっと乱れていた。なぜか鮮やかな真紅の口紅を塗っている。全く似合わないジャージのような服を着ている。祖母の世話をしている誰もが、祖母のことをよくわからずにいるのだろう。

目が覚めてたまらなくなった。子どものころ、祖母を喜ばせようと思ってある約束をしたことを思い出した。でも母に止められてしまった。祖母は約束を楽しみに待っていたのではないだろうか。何十年も経った夜中にそんなことを悶々と考えた。

祖母と距離を置かせようとした母の気持ちも充分にわかるのだ。そして今になれば、祖母も中途半端に成長した孫より、子どもたちが遊びに来る方がはるかにうれしかっただろうということも。

それに30歳ほど歳の差がある母と祖母が同じ介護施設にいるわけもない。ただの夢なのだ。

祖母は最後まで父に大事に世話されていた。母も気遣っていた。もちろん当時は介護制度などなくて、弱って家で暮らせなくなった祖母が居られた場所は病院だった。3ヶ月ごとに転院先を探さなくてはいけないので両親は大変そうだった。どこで亡くなったかも覚えていない。その頃はわたしも若くて、自分のことで夢中だった。当たり前のことだけれど。

時代を考えれば、祖母は充分に幸せだったのだ。もう少し祖母との思い出が欲しかったとは思う。隣で暮らしていたのだから。でも何もかもが遠の昔に終わってしまった。なぜ今ごろあんな夢を見たのか全くわからない。

でもすっかり忘れていて、思い出すだけで苦しくなることというのはあるものなのだ。