ネタバレ有りなので遊ぶ予定の人は見ないでね。
最近いろんなところで聞く「ダレカレ」というゲーム。リリース時からビジュアルに惹かれてかなり気になっていたゲームでした。セールだったのと課題も一区切りついたので買って遊んでみました。長時間必要なゲームを続けるのが苦手なので1時間程度でクリアできるところもありがたい。ひとまず一周しただけなのでなんとなくで書いてます。人の実況見る前に感じたことを残そうと思ったので書きます。
k4senさんが年越し配信の時におぼさんに勧めていたけど、オススメではないみたいなニュアンスでこのゲームのタイトルを挙げていて、頭にはてなが浮かんでた。でも遊んで見て確かに誰にでもオススメできるものではないかも、というのが正直な感想だった。(でもおぼさんのダレカレめちゃくちゃ見たいな〜!とも思ったので遊んでくれたらいいなぁと思う。)
このゲームは万人にオススメできる内容ではないが、私たち人間が目を背けてはいけない内容だと思いました。だから、私は自分でこのゲームを遊んで良かったです。誰しもが背けたくなる現実にどう向き合っていくかを静かに優しく伝えようとしているのかな。それを乗り越えられる人もいること、それはすごく難しいことだということ、できる人ばかりでないこと。痛いほど身に染みて感じてしまった。
最初の違和感の理由に気づいた瞬間そんなのありかよと思った。つらいよ。
私も、大好きな祖母が認知症になって、最終的に亡くなってしまった。身近な人の死を初めて認識した出来事だった。思い出すのは認知症が進んでいた頃に私が帰ろうとするとおばあちゃんが毎回泣き出していたこと。忘れたくないのに、忘れてしまうことが苦しいんだと思った。でも、おじいちゃんが言うには一番下の孫だった私のことだけはずっと忘れないでいてくれたらしい。
ダレカレをやって思い出したのはそんな大好きなおばあちゃんと、おばあちゃんのことを本当に愛してるんだなと思うおじいちゃんのことで。おじいちゃんが嫌な顔せずにずっと寄り添っていたのも見ていたから。家族がいるなら、家族じゃなくとも大事な人がいる人間なら、そしてこの高齢化社会の日本に住む私たちにとってあまりに身近な話題だと思う。
他の親戚にも、そして両親にもいずれ来る、遠い未来だけど自分自身にだって来る。老化という切っても切り離せないもの。下手したら死より苦しいかもしれない、大事な人に自分のことを忘れられてしまうということ。母が私の名前を言えなくなったらどうしようと思って不安になってかなり苦しくなった。あと数十年したら、と思うと、辛い。
ゲームを遊んでいる時は涙は出なかったんですが、最後のクレジットでダムが決壊してボロボロ泣きました。
かなり重い現実を突きつけつつ、最終的にはふわっと綺麗に終わるから、これってどうなん?て思う人もいるだろうな〜と思ったら実際感想にそういう話をしてる人も見かけた。でもフィクションでぐらい、綺麗なエンディングでいいよねって私は思う。「終わり良ければすべて良し」でいいんですよ。それができるぐらい愛の力が勝ってるってことだと思うし。
何事にも、始まりがあれば終わりが必ずあること。どんなに大事で身近な存在に対してでも、他人の全てを理解することは難しいこと。自分自身でも自分のことを完全に理解するのが難しい時もあること。人間はどうしたって事実から目を背けて生きているよなぁと思うし、そこが愚かで、でも人間らしさなのかもなと思う。難しいよね。
あとゲーム自体の感想で言うと単純に面白い!操作性独特な気がする。手探りで掴んでいくような感覚。あとビジュアルがオシャレで本当に素敵。色味可愛い。デザイン魅力的で本当に見惚れてた。綺麗だ。このシンプルなイラストだからこその没入感な気がする。余白があるから想像力も働くというか。
遊んで良かった。今度は実況を見てまた色々考えよう。