私はあたたかい日の夜が好きだ。昼間晴れたあたたかい日の、およそ9時から深夜2時のあたりになるととても嬉しくなる。
11時くらいに家族が寝静まるので、私は大体そこらへんで原稿作業を始める。ぬいぐるみを勝手に現場監督に任命して「納期間に合いません」とかほざいたりする。現場監督ぬいに飴やチョコを供えたり、ようつべの動画を見せたりもする。最近は懲役太郎の動画を一気見してぬいぐるみ達と大いに盛り上がった。嘘だ。懲役太郎のドキドキ文芸部で盛り上がったのは私だけで、ぬいぐるみ達は無表情でこちらを見ていた。もちろんこの間原稿は1ページたりとも進んでいない。
気を取り直し「がんばるね」と言いながら現場監督ぬいの頭頂部を吸う。クリスタを開く。原稿データを起こすふりしてようつべのゆっくり解説を視聴する。ゆっくり魔理沙が延々と疫病の歴史を語っている。ある程度知見が深まったところで煙草を吸うために階下へ降りる。ケツをかきながら煙草を吸ってコーヒーを淹れる。現場監督の頭頂部を吸う。「腹減った」と呟くと、頭を吸いに吸われた現場監督が「何か食べなきゃ作業捗らないよ」と言った気がしたのでコーヒーを飲みながら目玉焼きとパンを焼き、ラピュタパンを胃袋に叩き込む。不思議な事に眠くなってくる。自室の窓を開けると夜の風が入ってきて楽しくなる。夜のにおいになった現場監督ぬいを吸う。
このまま散歩でも行こうかなと思ったりもするが、どうせ半径2キロ圏内には田んぼしかないので早々に諦める。あとシンプルに街灯がないからちょっと怖い。
あたたかくて穏やかな夜は押し入れで寝るのが一番いいなと思い立ち、同居ぬい達を押し入れの中に詰め込んで引き戸を閉める。中はほとんど真っ暗で、狭くて若干肌寒いのでとても居心地がいい。他人がどこにも居ないのは、人の気配が皆無なのは本当に息がしやすい。人よりぬいぐるみの方が全然いい。このまま世界滅んじゃったりしないかなと思ったりする。
その内に段々目が慣れてくる。クロの片目をひたすら無心で眺め続けると、ゆっくり眠くなってくる。ここで何か面白い事を閃いても実行してはいけない。だって押し入れに一旦入ると、出るのに5分くらいかかって面倒くさいから。
ぬいぐるみ達のプラスチックアイがキラキラしてて可愛らしい。夜はいいなと思いながら体育座りの姿勢で眠る。もちろん原稿は1ミリも進んでいない。
人はそういう事の積み重ねで、新刊を落とすのです。