寂しがり屋/シャチシャチ

kitsune
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はう、と口を開けて息を吐く。

ぼこぼこと音を立てて白い気泡が浮かび上がって、紺色の海に小さくなって溶けた。

泡が消えたのを確認して、目を閉じる。

ゆっくり、ゆっくりと深海に沈むのを身体で感じると、不思議と心が落ち着いた。

届く日光も少ないこの海域は、静かで心地が良い。

そのまま仰向けで眠るでもなく揺蕩っていると、僅かに海水の揺れを感じて、ピクリと右手の人差し指が動いた。

「セイジさん!」

穏やかな水の流れをぶくぶくと乱して、一匹のシャチがこちらにやってくる。

薄らと目を開けると、にこにこと人当たりの良い笑顔を浮かべていて、薄暗いはずの海を明るく照らしているようだった。

自分はこの顔を、よく知っている。

「……また来たのか、リュウ」

決して自分は歓迎をしているつもりは無いのだが、そんなことを気にする様子もなく、リュウは頷いて自分に近づいてきた。

「はい! 今日は群れに混ざってみませんか? きっとセイジさんが心配するほど皆気にしませんよ」

「断る。自分は一人静かにしているのが好きなんだ。気にしないなら、行かなくても同じだろう」

ふいっと逃げるように背を向けると、自分の正面にぐるりとリュウが回り込んでくる。

「……でも、このままじゃ寂しくないですか? たまに、皆から言われるんです。セイジさんはギャングだから絡むのをやめておけって」

「正論だな。良く分かってるじゃないか」

「で、でも、このままじゃセイジさん、本当に独りぼっちになっちゃいます」

リュウの大きな目が垂れさがって、困ったような顔でこちらを見つめてきた。

その姿に思わず大きくため息を吐く。

「構わない。どうせ海面に出て、人間に見られにでも行くんだろう。そんな馬鹿なお前らと一緒になりたくない」

ふん、と鼻を鳴らして顔を背けると、弱々しい声で「セイジさん」と名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

少しだけ言い過ぎたかもしれないなと悪い気がし始めると、おもむろに両頬を掴まれてグイっと引っ張られる。

突然のことに抵抗できずにいると、そのまま口を塞がれて、舌を歯でとんとんと甘噛みされた。

んっと鼻にかかった吐息が漏れて、軽く息が乱れる。

「な……何するんだ!」

「セイジさん、酷い事言うから怒ってるのかなって思って……。仲直りの……」

「今の方がよっぽど怒っている! あ、こら……っ!」

かぷかぷと再び唇が食まれた。

柔く舌を噛まれるたびに電気ウナギの微弱な電流が全身を駆け巡るようで、身体から力が抜ける。

「機嫌、直してくれました?」

「……元より自分たちは喧嘩なんてしてないだろう。もう放っておいてくれ」

頭をくてんと傾げるリュウを何故か真っすぐ見ることが出来ずに、目線を右往左往させる。

酸欠のせいか、やけに顔が熱い気がした。

「セイジさん、良かったらさっきの話聞かせてくれませんか? 人間に見られに行くのが馬鹿だって話」

「……あいつらは、一時の興味で自分たちを見ているんだ。どうせすぐに興味を無くして、記憶から失くして、皆居なくなる。そんな奴らに愛想振舞いたって、何もない。寂しく、虚しくなるだけだ」

しぃんと辺りが静まり返る。

あんなに煩かった正面に視線を戻すと、感情の読めない顔でこちらをじっと見つめていた。

「……すまない。お前たちを否定するつもりはない。早く行ってくると良い。そろそろ時間だろう」

そんな自分の言葉に応えず、リュウがするりと自分の隣に移動する。

「何のつもりだ?」

「今日はセイジさんと一緒に居ようかなって」

セイジさん、なんだか寂しそうだからと龍が気恥ずかしそうにはにかんだ。

「憐れみや同情か? あまり馬鹿にするなよ」

「もー。違いますよ」

じゃあなんだと睨みつけようとリュウの方を向けば、リュウは自身のフードをピンと右手で引き延ばして、リュウと自分の顔を隠すようにキスをする。

舌が入り込むことも、噛まれることも無い、ちっと小さなリップ音を鳴らすような軽いキスだった。

柔らかい唇の弾力と一緒に、とくんと心臓が一つ跳ねる。

「俺の気持ち、ちゃんと伝わってる?」

呆気に取られている自分を、フードで陰った顔が悪戯そうに笑っていた。

「俺は絶対、絶対に忘れません。居なくなりません。俺がずっとセイジさんの傍にいます」

「……どうだか」

逃げるように顔を正面に戻すと、控えめにゆっくりと右手に指が絡んでくる。

「ね、セイジさん。好きです」

その囁きが耳に入るには十分すぎるぐらいこの海域は静かで、返事をどうしようと、指を解く事すら出来ずにいた。