0108/つぐあか/ネタ提供ありがとうございました。

kkkyyy9610
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 元旦。SNSはその話題でもちきりだった。SNSだけじゃない、元旦のニュース番組もBBCもこぞって取り上げている。ただでさえ年が明けお祭りムードの中の吉報だ。速報を読み上げるアナウンサーの声も、どこか浮足立っていた。

「った、只今入りました緊急ニュースです。人気バンド、Rubia Leopardのアカネさんと同じく人気バンドImpish Crowのツグミさんが本日元旦に入籍したと、所属事務所から発表がありました。えー、速報です。人気バンドの────」

 パネルの前に立つアナウンサー二人が黄色い声を上げながら読み上げる内容を、日暮茜はソファに座りながら見つめていた。新年早々めでたいですね、と頷くアナウンサーの姿に心の中で礼を伝えると、隣に人の気配がした。

「お、ニュースになってんじゃん」

「SNSでトレンド入りしてたぞ」

「マジッ!? うっわ、すげーっ! 通知ヤバい事になってんしっ」

 二人分のマグカップを持って隣に腰かけた野中つぐみは、片方のカップを茜に渡しズボンのポケットからスマホを取り出した。午前九時になると共に各テレビ局にお互いの直筆で書いた入籍報告を送った。公式HPとSNSアカウントでも、同時刻に一気に公開がされ、ものの数分で世の中の話題の中心になったのだ。

「すげーっ。皆めっちゃおめでとーって言ってくれんのマジやばいっ! すげー嬉しいっ!」

 止まらないSNSの通知とLINEの画面を、キラキラとした目でつぐみは眺めていた。テーブルに置いてある茜のスマホも、先ほどから振動がなりやまなくなって常に震えている。

「……」

 スマホを持つつぐみの手を、ちらりと見た。薬指に、自分とお揃いの指輪が嵌って輝いている。

 今日に至るまで、色々な事があった。生活、バンド、仕事────男同士の結婚は、思っていた以上に困難が多く、無気力な自分に苛立つことも、ままならない現状に胸を締め付けられる事も。そんな日々を乗り越えて、今日まで来たのだ。

 元旦の空は快晴で、雲ひとつない青空だ。ソファから立ち上がって、茜は窓を開けた。高層マンションの最上階は、どこよりも空に近く、太陽が眩しい。からりとした正月独特の空気を吸い込んで、足元をあたたかく照らす日差しを浴びた。

 一足先に報告していたメンバー達や親族から、沢山のおめでとうを貰った。今も、世界中から祝福が降り注いでいる。それでも、どこか上手に喜べないのは────そういう言葉だけじゃないものが、届くのを知っているからだ。自分に対してどんな言葉が投げかけられても構わない。だが、つぐみには、大切な夫に、悲しい思いをさせたくなかった。

(……エゴだな、こんなの)

「なーに、難しい顔してんだよ」

「……別に」

 複雑な感情が、はらのなかに溜まっていく。不快感に眉を寄せていると、後ろから抱きしめられた。

 年下のくせに、つぐみの身体は自分より一回り以上大きい。細身に見えて、腕も指も腹も、がっしりとしていて茜の身体を簡単に包んでしまう。

「……茜がさ、考えてる事、当ててやろうか?」

「……」

 背中全体を抱き込む様に胸の前に腕を回され、耳元で優しく囁かれる。伸びてきたつぐみの指が茜の左手を掴んで、指の腹で薬指にある指輪を撫でる。

 つぐみの声は、空だ。

 今日みたいに、雲一つもない真っ青な青空。季節を問わず、どんな時も青々と澄んでいて、雑音も、騒音も、暗闇も、何もかもを薙ぎ払って暖かい日差しの元に連れていってくれる。

「俺が嫌な思いすんの、やだなーって思ってんだろ」

「……正解」

 澄み切っているのに少し掠れた低い声で、つぐみは言った。この、ちょっと大人びた声は自分しかしらない男の声色だ。茜の答えに小さく笑ったつぐみが、もぉーとケラケラ笑いながら指輪に触れる。

「俺、そんな弱くねーから。俺も茜も、ちゃんと二人分、全っ力で守ってやるからそんな顔すんなよ」

「……つぐみ、」

「今日は折角の報告記念日じゃん? さいっこーの日なんだから、思いっきり笑おうぜ。んで、思いっきり、世界が嫉妬しちゃうくらいイチャイチャしよ?」

 にかっと白い歯を見せて、つぐみが笑った。告げられた言葉と想いに、はらのなかにあった重いものがすぅ……と消えていく。

(……本当に、こいつは、)

 初めて会った時から、そのひたむきさと前向きな姿に惹かれていた。あの時感じた衝撃は色あせる事無く自分の中で輝き続けて、今日また、その輝きを更新して茜の瞳に眩しく映る。

「……、イチャイチャって昨日もしたのに足りねーのかよ」

「ん~、足んない。つか、昨日は去年の茜とシたじゃん。なら、今日は今年の茜とイチャイチャしたい」

「……、……しょーがねぇなぁ」

 後ろから覗き込んでくるつぐみに笑って、茜はあいている手を伸ばしてつぐみの薬指に触れた。ひんやりとした金属に指を這わすと、それは次第にあたたかくなり、自分の肌に馴染んでいく。

 笑い合って、見つめ合って、目を閉じて、唇を重ねた。次第に深くなる口づけに溺れていると、つけっぱなしのテレビから「いやぁ。アカネさん、ツグミさん。おめでとうございますっ!」とアナウンサーからの祝いの言葉が部屋に響き、ふたりの鼓膜を震わせた。

@kkkyyy9610
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