0206/あかまし

kkkyyy9610
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俺の恋人は、多方に面倒くさい。

俺が他人と仲良くしていると、分かりやすい程嫉妬をする。そのくせこちらがそれに言及すると「気にしてませんけど~」と顔をぷいと背けて言い放つ。その言葉を文字通り受け取って「そうか。分かった」と俺が引けば、構ってほしいと視線で訴えてくる猫の様に、じっと無言で俺の背中を見つめてくる。視線を感じて振り向けば、すぐに目を逸らして煙草をふかす。そんな短い煙草、もう吸えねぇだろと突っ込むのは野暮なのでやめておいた。

そんな空気を数日過ごし、耐えきれなくなったのは────真白の方だった。夜食時、突然泣き出したのだ。

「────は?」

リクエストされたカルボナーラとかぼちゃのポタージュ、デザートにコーヒーゼリーを準備して(コーヒーゼリーはコンビニで買ったが、それ以外は俺が一から作ったものだ。真白は味の好みが強いので、材料から作る様にしている)、フォークに巻き付けたカルボナーラを口に運んだ瞬間だ。間抜けな低い声が出た。

「ぅ~…………っ」

 目を真っ赤にし、悔しそうに眉を寄せて呻き始めた恋人は毛穴一つない白い頬にほろほろと透明の涙を零し始めた。

今、泣くような出来事あったか?

突然の事にぽかんとする俺をキッと睨んだ真白は、形の良い唇を大きく開いた。そして、

「っなんでっ! なんで俺に言い訳してこないのっ!」

「────あ?」

と、泣きわめき始めた。

わんわん泣く恋人の背中を撫でながら、食事の手を止めて話を聞いた。嗚咽交じりで吐き出された言葉は、俺が全く予想していないものだった。

「俺が、っ……他の男と茜が仲良いの気にしてんの、っ……知ってて、なんで……なんも言わない訳……っ? っ無視されるくらいなら、っ……言い訳されたほうが、っ……まだ、マシ、っなんだけどぉ……」

両手で顔を覆って泣きながら訴えてくる男の発言に、俺は頭を抱えた。ため息を吐くと余計泣かれるし面倒になる事だけは瞬時に理解できたので、心の中だけで長く息を吐いて声に出さず一人ごちる。

(────気にしてねぇって言ったのはお前だろが)

ついでに、語尾に「その時言えよ」と小言を続け、俺は席を立ち真白を後ろから抱きしめた。

歳上の男の身体は、俺より細くて柔らかい。服越しだと硬そうに見える真白の身体は、白いふわふわした髪と同じ位どこもかしこもやわくて、香水とは違うとても甘い香りがする。

「……悪かった。気づかなかったのは……あー……、その、あんま考えてなかったってか。そんな風に思うと、思わなくて」

「っ……おれのこと、どうでもいいんだ……」

「ちげーっての。他の奴と、真白は俺の中でカテゴリーがちげぇの。だから、同じ位置にいねーから、気にさせるって思わなかった。……でも、ごめん。それは俺が勝手に思ってただけで、言わなきゃわかんねぇよな」

ぎゅうと背中から抱き込んで、頭を撫でながら気持ちを伝える。面倒くさいのはそうなのだが、それも混みで好きになったのは自分だ。だから、理由はどうであれ────こうして泣かせて傷つけてしまったのであれば、俺の責任なのだ。

不安定で、面倒くさくて、繊細で、頑固で真面目で健気な恋人が俺の腕の中で肩を小さく揺らして泣く。先ほどより落ち着いてきた嗚咽をより落ち着かせるように、ゆっくりと左右に抱き込んだ身体を揺らした。暫くすると、ふふ……っと真白の笑い声が聞こえてくる。

「もぉ……なにこれ……ガキじゃないんだから、」

「良いだろ。二人しかいねーんだからガキみたいなことしても」

「えぇ~……」

ゆらゆらと二人で揺れていると、真白が振り向いた。泣き腫らした瞳は普段の何倍も真っ赤に染まり、目じりも腫れている。濡れた目元を指で拭うと、くすぐったそうに目を細めた。

「……ごめん。もう気にしてないよ。……ありがと、」

「……どーいたして」

そして、なんとも言えない顔で笑った真白が、掠れそうな声で礼を口にし俺の胸に顔を埋めた。

背中に腕を回し、抱き付いてくる。細い指が、腕が、ぎゅっと、一生懸命、触れてくる。

服越しに伝わるぬくもりに、胸のおくがきゅうとした。同じ位────いや、それ以上の力を込めて抱きしめ返して、顔を傾けると胸元から顔を上げた真白がゆっくり目を閉じる。

真白の顎を親指で押さえて、涙で濡れた唇にそっと自分の唇を重ね、何度も何度も角度を変えて啄んでいく。ふ、とくぐもった真白の声を聞きながら、俺はこっそり思うのだ。

この世で、こんな面倒くさい真白の姿を知っているのは自分だけだ。恋人の、自分だけしか知らない姿を見れるのは────悪くない。

俺もそうとう面倒くさい男だなと、口づけをしながら口端を上げ笑うと、キスに溺れ始めた恋人がとろんとした声と顔で「……あかねちゃん?」と首を傾げながら見上げてきた。

@kkkyyy9610
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