0107/くろとき(女)/ネタ提供ありがとうございました。

kkkyyy9610
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 すきなひとがいる。やさしくて、おおきくて、いつも抱っこしてくれる、かっこいいひと。だから、だいすきだから、おおきくなったら、およめさんにしてもらうって約束した。

 でも、それをみんなに言うと、へんだって言われる。

 こどもが、おとなのひとを好きになるのは、へんだって。おとなとは、けっこんできないって。

 だから、「くろのさんのことすきなの、へんじゃないよね? おおきくなったら、けっこんできるよね」ってきいた。そしたら、くろのさんはいつもみたくにっこり笑って、だっこして、私の頭をなでながら、言った。

「……変じゃないよ。でも、叶希ちゃんが大きくなるまで、沢山の時間がある。その時間を後悔する事なく使ってほしい。たくさんの時間使って、いろんなことを知るんだ。例えば、好きな本。『エルマーのぼうけん』、叶希ちゃん好きだろう?」

「うん。すき」

「その本以外にも、世界には沢山の本があるんだ。表紙がキラキラしているもの、ザラザラしているもの、サラサラしているもの。そういう、知らない沢山の事を、大人になるまでにいっぱい知ってほしい。好きの種類も、本と同じで沢山ある。たくさんの事を見て、知って、考えて……そうして、大人になった時に、俺の事をまだ同じ気持ちで好きでいたら、その時同じ言葉をまた言ってくれ」

「……? いま、言ったよ?」

「……ああ、そうだな。凄く嬉しいよ。ありがとう」

 くろのさんの言ってることは、むずかしくて、よくわからなかった。

 すきがたくさんあるのも、ぜんぜん分からなくて、わたしはすきなのに、ってむかむかしながらくろのさんを見た。

 ────今なら、分かる。好きの種類が沢山ある事も、大人になる事の意味も。

 十八になった私は、黒乃さんの言った通り色んなもの見て育った。勉強も本も人間関係も、歳を重ねて季節が巡るたび、知らなかった景色を知った。

 目の前で、咲いたばかりの桜の花びらが舞う。鮮やかなピンク色の梅の花と、薄い桜の花が混ざり、雲一つない晴天の青空を彩っている。中高一環で通っていた高校を無事に卒業した私は、胸まで伸びた髪を風で揺らしながら正門に向かって歩いた。

 大きな正門の前には、見慣れた黒い外車が停まってる。その横には、上質なスリーピーススーツを身に纏った黒髪の男の人が────私の好きな人が、大きな花束を抱えて立っていた。

「────黒乃さん」

 駆け寄って声をかけると、その人は昔と同じ顔で微笑んで私の方へ歩いてきた。丁度正門の間に立って、見つめ合う。

 好きなひとを好きになって、十三年の時が過ぎた。あの時腕の中で言われた好きの種類の答えを、ようやく伝えられる時が来た。大人と子供は結婚できないと言われた五歳の私は、喜んでいるだろうか。

「────黒乃さんの事、大好きです。あの時と同じ好きの、……もっと、気持ちは深いけど、同じ種類の『好き』です。私、ちゃんと大きくなりました。沢山の事を知って、大人になりました。私を、黒乃さんのお嫁さんにしてください」

 すぅと息を吸って、顔を真っすぐ見て、想いを口にした。沢山の事を知ったけど、恋だけはこの人しか知らなかった。大人になるまで、待った。これからは、愛を知りたい。黒乃さんに、教えて欲しい。

 私の言葉を聞いた黒乃さんは、パチパチと数回瞬きをしたあと頬を赤く染めて照れながら笑った。そして、大きな花束を差し出した。

「卒業おめでとう、叶希さん。それと、ありがとう。……俺の、お嫁さんになってください」

 差し出された花束を受け取ると、小さな箱が黒乃さんの手の中にあるのに気が付いた。そこに視線を向けると、ベルベット素材の箱の蓋が開いて美しく輝く指輪が二つ、入っていた。

「……っ、」

 その指輪が何を意味しているのか分かって、視界が歪んだ。はらはらと私の瞳から涙が落ちるのを、黒乃さんが指先でそっと拭ってくれる。

「……十三年分……いや、十八年分だな。これから二人で、沢山の景色を見よう。沢山知って、幸せになろう」

 注がれる声が優しくて、大人としてではなく────恋人として触れてくれる黒乃さんの手があたたかくて、更に涙が溢れた。

 好きな人がいた。優しくて、大きくて、いつも抱っこしてくれる、かっこいい人。

 その人は今日、私の愛する人になって、私の涙を掬って、途方もない愛をこれからたくさん、教えてくれるのだ。(終)

@kkkyyy9610
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