0214/くろときバレンタイン

kkkyyy9610
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 ーーーー苦い。

 叶希は、部屋でチョコレートを口に含んでからそう独りごちた。しっとりとしたチョコレート生地は硬さとやわらかさが絶妙で、存在感を表しつつも舌にのせるとほろりととろけていく。

 我ながら、上出来な出来栄えだった。

初めて作ったガトーショコラ。今食べているのは、通算十六回作って一番うまくいったものだ。十五回分のガトーショコラは全てメンバーと、つぐみから話を聞いて参加した真白が食べきってくれた。そう、これはーーーー渡す予定だったものだ。好きな人に。

(……、っ……)

 一回り小さなワンホール分のガトーショコラは五等分に切られていて、一つずつラッピングをされている。そして、ケーキボックスの中に並べたガトーショコラのひとつは、自分の手元あった。食べる度に、胸の奥がきゅうと軋む。目の奥がツンと傷んで、視界が潤んだ。

 泣くのだけはどうにか耐えたくて、叶希はぎゅっと口を一つに結んでから、食べ途中のガトーショコラを一気に口の中に入れた。

 甘く作ったはずなのに、口の中に広がる味はとても苦かった。

 本当は、ーーーー片思いをしている黒乃に、チョコを渡す予定だったのだ。

 今日は、ルビレとインクロが一緒に事務所に集まる日だった。新作グッズの会議だ。

 その後で、こっそり黒乃に渡す予定を計画していた。そこで、会議が終わって真白が気を使って黒乃を一人にしてくれたタイミングでーーーー聞いてしまったのだ。

『え、先に帰るんですか? いや、俺は構いません。はい、では、俺は車でそのまま帰りますね。ーーーーえぇ、茜さんからのチョコレート、楽しみしてます』

 茜と電話をしている、嬉しそうな黒乃の声を。

 別に、そんなの気にせず渡せば良かったと今なら思う。でも、その言葉を聞いたら渡せなくなった。茜の用意したチョコレートに比べて、自分の手作りのガトーショコラが劣るのは明白で、渡すのが怖くなった。

(……そりゃ、俺以外にも貰うわな……)

 口の中を潤すために、叶希は缶コーヒーを煽った。

 無謀な片思いをして、勝手に落ち込んで、勝手にーーーー好きな人の幼なじみに嫉妬して。バカみたいだ。

(……どーすっかな、これ……)

 ラッピングされているガトーショコラを眺めた。さすがに、もうメンバーに渡すことは出来ない。かと言って捨てるのはいやだ。

 自分で数日かけて食べるかとため息を吐いたタイミングで、スマホが鳴った。液晶画面を見ると、そこに表示されていたのはーーーー黒乃の名前だった。

「っ!? ……ぇ、っ……も、もしもし、?」

 驚きながらスマホを取った。思わず声を裏返して電話に出ると、「こんにちは」と、甘い声が返ってくる。

「こ、んにちは……」

「突然すまない。今大丈夫か?」

「っ、! は、はいっ……」

 いつもより硬さのある黒乃の声が、スマホ越しに聞こえてくる。緊張しながら答えると、彼はその、と歯切れ悪く続けた。

「……渡したいものが、あるんだ。今日時間があれば……この後、叶希くんの家に行ってもいいか?」

「……っえっ、?」

 普段と違う様子に首を傾げていると、思ってもいなかった内容を告げられた。混乱しながらも頷くと「……ありがとう」と優しい声が鼓膜を揺らす。

 到着時間を告げられ、電話を切った。

 心臓が、うるさい。

顔が熱い。胸が苦しい。

 さっきまでの暗い気持ちは一変、どうしようと混乱が頭の中を支配して忙しい。ひとまず部屋を片付けないと、と床から立ち上がるとテーブルの上にあるガトーショコラ達が見えた。

(…………っ、)

 もしかしたら。

 ひとつの可能性が、頭によぎる。

 それが杞憂でないことを祈りながら、叶希は部屋を片し、ガトーショコラをもう一度ケーキボックスに並べて冷蔵庫に片付けた。

 その後、部屋を訪れた黒乃が真っ赤な顔してチョコレートを渡してくれるのも、叶希が黒乃にチョコレートを渡して思いを告げるのも、ーーーーもう少しだけ、先の話だ。(終)

@kkkyyy9610
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