数時間前まで俺の背中に縋っていた男の指先が、広いスタジオでベースの弦を弾く。
奏でられる音は低く、どこまでもテクニカルだ。その中に、はらの奥に響くような独特の色気を含んでいる。相変わらずとんでもねー音出してくんな、とそいつの姿を見つめながら心の中で呟くと、タイミング良く顔を上げた男と目が合った。
自分の髪色と同じ赤い瞳が、愉しそうに細まる。その表情は、背中に縋って見上げてきた時の顔そのままだった。あまりにも分かりやすい挑発に吹き出して、ならばとマイクを握る。スイッチを入れて振り返り、男を見つめながら(煽った事、後悔すんなよ)そう意味を込めて口を開くと、男はとても嬉しそうに口端を上げて笑った。(終)