───怖い夢を、見た。
叫び声と共に起き上がった。心臓がバクバクと五月蝿く、普段の何倍も早いスピードで動いている。息が苦しい。呼吸が上手くできない。
はっ、とか細く喉が鳴った。不快感と動悸を落ち着かせるため、胸の辺りを手で押えようとすると、ふと腕を掴まれた。
あ、と思った瞬間、身体があたたかいもので包まれた。隣で寝ていた恋人が起き上がり、自分の腕を引いて抱きしめてくれていたのだ。
「っ、くろ……」
「……大丈夫。大丈夫だ」
しっとりと、やさしい声が耳をくすぐる。熱い胸板に埋まる。頬をそっと寄せると、彼の鼓動が聞こえてきた。
「……っ、……」
その音を聞いていたら、涙が零れた。悲しくないのに、止まる事なく溢れて、彼の服を濡らしていく。
「……大丈夫。怖くない。大丈夫」
「っ……すみ、ませ……ッ」
今度はひゅっと掠れた音を立てて喉が鳴った。夢の内容は思い出せない。それでも、この腕に抱かれていないと、足を這う恐怖心が、不快感が、消えなかった。俺の言葉を聞いた黒乃さんが、何度も背中を摩ってくれる。優しい声で、俺の名前を呼んでくれる。
「……なにか飲もうか? 作ってくるよ」
「っ……い、っ……」
とんとんと、規則正しいリズムで俺の背中を撫でていた黒乃さんが少しだけ身体を離して俺を見下ろしてきた。凛々しい眉が、やわく下がる。細められた眼差しはこれでもかと愛を秘めて、俺を見つめてくる。
「……っ、いっちゃ……やだ……」
黒乃さんの宝石みたいな瞳を見つめながら、俺は口を開いた。涙が交じって震えた声は、なんとも情けなかった。じっと見上げながら伝えた俺の言葉を、黒乃さんは時間をかけて、理解してくれた。
そして、
「……分かった。じゃあ、叶希くんが寝れるまでこうしてよう」
と言って、また抱きしめてくれた。
彼の匂いがする。心臓の音がする。体温が伝わってくる。背中に腕を回して、俺もぎゅっと抱きついた。
深く深呼吸をして、黒乃さんの優しさを、温かさを、自分の身体に伝えていく。そうしてやっと、お互いの体温が同じ温度になった頃、俺の感じていた不快感も恐怖心も、さっぱり消えてなくなっていた。