こんばんは。よくいらっしゃいました。今日はどんな夢が聴きたいですか。
エモーショナルで、ちょっとだけさみしい夢、ですか。ならばこちらはいかがでしょう。夕陽の差す校舎で、オバケのような生徒たちとおしゃべりした話。
暖かな色の光に満ちた無人の廊下を、私は歩いていました。まだ春なのか、あるいは秋なのでしょうか、窓からは大きく傾いた太陽の光が入り込み、空気はほんの少し冷たく私を囲っていました。
がらんとした校舎の中で、私は人の影を探していました。夢の中の私は夕焼けの空気に心を揺さぶられて、妙に感傷的になっていたようです。遠くから部活の練習をする声が聞こえる廊下は日の光ばかり暖かくて、この小さな哀愁にはまったく寄り添ってはくれません。
歩いているうちに、階段の向かいに閉ざされた大きな金属の扉を見つけました。非常扉、あるいは防火扉と思われるそれをゆっくりと押せば、その先にはまた長い廊下が続いていました。もう使われなくなった教室が並び、中ではカーテン越しの弱い光が壊れた机や椅子をぼんやりと私に見せています。不思議なことに、そこは全くの手付かずではなく、ホコリも廊下の端にいくつかある程度でした。ほのかに舞っているちりは橙の光を弾いて、きらきらと輝いていました。いっそう哀愁を誘う景色に鼻の奥がつんとなりつつも、私は廊下の奥へ進みます。
突き当たりの階段を上がってまた歩いていくと、さっきのような扉を見つけました。まぁ、校舎というのはどの階も同じような構造をしているものです。多分この扉は、先ほど開けた扉のちょうど真上にあるものでしょう。
私はふと何かの気配を感じ取って、扉の向こうの音を聞こうと冷たい扉にぴったりと耳を当てました。すると、椅子を引く音と少女の声、それから一斉に何か言うのが聞こえます。きっと号令でしょう。私は扉に力を込めると、できた隙間からするりと抜け出しました。
その先には、帰りの準備やら待ち合わせやらで混み始めた廊下がありました。しかし、そこにいる生徒たちはみんな青く透き通っていたのです。クラゲやウミホタルのように、ほのかに青く光り、夕暮れのさみしい大気を身体にとじこめていました。彼女たちは私の姿を見るなり微笑みかけて、他愛のない会話をはじめました。
残念ながらもう何を話したかは思い出せませんし、彼女たちの身体が透けている理由も訊いていませんでした。ただ、彼女たちも、私の身体が透けてないことには言及しませんでしたから、きっとそういうことはどうだっていいのでしょう。あのときの私たちには、ただ友であるという事実があっただけなのです。
空の彩度が落ちてきたので、私は家に帰ることにしました。そのことを告げると、彼女たちは小さく手を振りました。何か言っていたような気がしますが、それは五時を報せるチャイムにほとんどかき消されてしまいました。
もし、私の聞き間違いでなければ、「また会おうね」という声が。
結局、目覚めて以降、彼女と会うことはありませんでした。夢で何度か似たような校舎に入ったのですが、一度もあの姿を見ないまま朝が訪れました。
しかし、彼女たちは自らが透けていることに何か思わないのでしょうか。もしかしたら、単純に透けていることに気づいていないのかもしれません。そもそも何故そうなったのか、少し、後ろ向きな考えも浮かびます。もし、それで合っているのだとしたら……彼女たちともう一度会うのは、私が永遠の眠りに就くときでしょう。
さて、今日はここでおしまいです。もし眠れなければ、他の語り手さんの元へ行ってあげてください。それでは、おやすみなさいませ。