はじめまして。よくいらっしゃいました。私、夢の語り手といいます。こちらの書庫で夢を保管して過ごしています。
あなた、眠りにきたのでしょう。私がここにある夢を読み聞かせますから、どんなものがいいか教えてくださいますか。……穏やかな夢を教えて、ですね。承りました。ではついこの間、私の部屋で起きたことを。
そのとき私はベッドに横たわって、寝つけないまま天井を眺めていました。目を閉じてもつい考え事をしてしまって、中々眠りに落ちません。
いったい今は何時なのだろうかと、ふと時計の方に目をやると、部屋の隅から光が広がっているのに気づきました。そちらへ首を傾げて目を凝らせば、そこにはひとりでは抱きかかえられないほど大きな木の幹がありました。それにはこれまた大きな[[rb:うろ>・・]]があって、そこからふんわりと暖かな光が零れていたのです。辺りには光の粒が、まるで蛍みたいにふよふよと舞って、木の葉の柔らかな色を透かしておりました。
恥ずかしくなくても、穴があれば入りたくなるのがヒトの性。自分の好奇心に誘われて、そのうろに入ると、途端に辺りにはキャンプ場のような空間が広がります。地面には青々とした芝生が茂り、パステルカラーのガーランドが枝から枝へ、そして近くにはテントやゲル……遊牧民のすみかですね、そういったものが置かれていました。それらは全部、焚き火の揺らめく色に照らされていました。
私はぱちぱちと炎の弾ける音を感じながら、見渡す限りの草原と満天の星を眺めました。息をするたびに若々しい葉の香りが肺に満ちます。遠くには低い山が連なっており、以前友人が行った北海道の牧場の話を思い出しました。きっとそこに居た動物たちも、焚き火のように熱く柔らかい気配を持っているでしょう。
綿のたっぷり入った布団と張り合うほどにふかふかとした芝生に寝そべれば、あまたの星があちらこちらで輝くのが見えました。「彼らに縄張り意識があったら大変だ、こんなに空が星に満ちているのだから」などと思いつつ、この静かで心地よい空間に身を委ねておりました。そうしているうち、風が私を撫でて、「どこか中に入りなさい、ここでは風邪を引いてしまう」と教えてくれました。それもそうかと頷いて、私は先のうろに戻りました。
それからのことは分かりません。ただ穏やかで清々しい朝日が、私を待っていただけでした。
満足いただけましたか。……あなたがどう答えようとも、私は眠たいのでここまでとしますが。ふふ、「夢の語り手」とはいっても、本業は蔵書の管理であって読み聞かせではないのです。まだ眠れなければ、他のところへ行くと良いでしょう。夢の語り手はたくさんいますから。
それでは、おやすみなさいませ。