歯が1本ない日々

kohana
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公開:2026/1/8

今、歯が1本ない。右の上の奥である。クラウンの下で虫歯が進み、土台ごと取れたのだ。所謂二次カリエスである。その部分は根がむき出しになっている。

歯科衛生士さんやAIに訊いたところ、むき出しの根は弱いので磨いたりせず、水でよくすすぐだけでいいそうだ。なので今は電動歯ブラシで他の歯を磨き、根だけになった部分を避けてフロスを通し、仕上げに歯ブラシと歯磨き粉で軽く磨いている。緊張する。

奥歯がひとつないだけなのに落ち着かない。常に口の奥に小さな虚空を抱えているような感じだ。舌の先で上の奥歯を撫でてゆくと、いきなりうつろが現れる。ブラックホールだ、と思って舌を引っ込める。暇だと触ったり磨いたりしたくなるので、気を紛らわすためにもなるべく忙しくしている。

驚いたのは、歯が1本ないだけでも飲み食いに不具合が出ることだ。あきらかにむせやすくなったし、ぼんやりコーヒーを飲んでいて唇の端からこぼすことも幾度かあった。無意識に歯のない部分をかばう動きをするせいだろう。お年寄りが食べるのが下手になってしまうのには、こうしたことも影響しているのかもしれない。

食べる物にも注意する必要がある。過度に硬いものを、歯のない部分で噛むのは厳禁だ。むき出しの根はひじょうにもろく、最悪割れる可能性があるからだ。

実はこれが一番困る。自分は甘いものより辛いものより硬いものが好きなのだ。たとえば生のキャベツとか、かりかりに焼いた餃子の羽根とか、わざとつくったご飯のおこげとかだ。根を護る方が大事なので今は控えているが、ストレスは溜まる一方である。

ストレスが溜まると神経質になる。神経質になると余計な心配をし始める。たとえば自分は普段、雑穀ご飯を食べているが、ごくたまに硬い粒が入っていることがある。うっかり噛んで根を傷めたらどうしよう。

そこで充分に浸水させ、お湯を足しながら柔らかく炊くことにする。このご飯、なかなか美味しいのだが、全くお腹に溜まらない。胃を素通りして一気に腸に流れ込む感じで、食べた途端に空腹になる。幸か不幸か、自分はここで余計なものを食べる習慣がない。そのため、ずっとお腹が空いたと考えながら過ごしている。

お腹が空くと集中力が落ちる。当然ながら作業効率も落ちる。ぼんやりと、歯が治ったら何を食べようかと考えている。そうだ、健康診断の結果はそれほど悪くなかったし、ちょっとくらい羽目を外したっていいのだ。次の健診は秋以降で、歯の治療が全部済むのは春先だろう。初夏までは思い切り好きなものを食べよう。それで夏は普通に食べて、夏の終わりから健康的な食生活にすればいいのだ。姑息である。しかし、これくらいのことはきっと誰だって考えるだろうし、1年のうちのほんの数ヶ月健康に気をつけるだけでも、なにもしないよりはましなはずだ。

こうして奥歯が1本ない日々は過ぎてゆく。本格的な治療が始まるのは連休明けである。通院日が待ち遠しい。とりあえずコーヒー淹れます。

2026/01/08

Kohana

@kohana
エッセイとAuto fiction。 自分の言葉を取り戻すリハビリのために書いています。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。