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左のこと

kohana
·
公開:2026/10/2

そのとき自分はスマホ依存を直したいと考えていた。そして大手動画サービスで、ネットの危険性を訴える動画を漁っていた。矛盾している気がするが。

ほとんどの動画はすでに知っている内容だ。ネット依存を批判しつつ、別のあやしげなコンテンツを勧めているものもある。その中でひとつ飛び抜けて面白い動画があった。

そこでは脳や心より、経済について扱っていた。話しているのは頭がもじゃもじゃの、眼鏡をかけた若いおじさんというか、愉快なお兄さんといった風貌の人だ。最後まで見たあと、その人について調べてみた。マルクス主義の研究者ですごい人らしい。

マルクス主義か。ちょっとさめた。社会主義とか共産主義には正直、いい印象がない。

昔、革命を夢見た左の思想の若者たちが、なにを考えたのか山にたてこもって互いに殺し合う事件があった。自分の生まれる前の話だが、祖母の家が隠れ家に近い場所にあり、そのせいで時折話を聞かされていた。社会主義と共産主義の違いもよくわからない自分だったが、左翼というのは閉鎖的で、自分たちに都合のいいことしか見ようとしない、怖い人たちだと思った。

中学生の頃、自分は所謂不登校になった。そのとき親が連れていった不登校児を支援する団体がそんな雰囲気だった。悪いのは学校や社会であり、なじめない子供のほうがまともなのだ。不登校は反体制の最後の砦なのである。中心にいる大人はそんな主張の持ち主だった。文集にはひたすらその団体を絶賛する文章ばかりが載っていた。怖いと思い、自分はそこには通わなかった。

通信制高校を経て社会復帰した後、数年ほど読書会に参加していた。自分以外はお年寄りばかりの会である。そこでプロレタリア文学が取り上げられたとき、社会主義は正しいんだと長々と演説をしたお年寄りがいた。ソ連が解体したのはやり方が間違っていたせいで、思想自体は素晴らしいのだ。自分はそれを聞き流しながら、子供の頃に学校の先生が見せてくれた、東側のいびつな鉛筆のことを思い出したり、どうしてプロレタリア文学はわざわざ人生をここまで暗く書きたがるんだと考えたりしていた。それがプロレタリア文学なんだと言われればそれまでだが、辛く厳しい時代だからこそ美しいものを書こうとしたジョルジュ・サンドのほうが自分は好きだ。

とにかく左派とか左翼は閉鎖的で頭が硬く、暴走しがちでなんだか怖くてやたらと悲観的で憂鬱だ、というのが自分の印象だった。最近はそれに明るい嘘くささも加わった。理想ばかり語って地に足が着いていない。そんな感じだ。

かといって、資本主義が絶対に正しいとも思えない。

たとえば人の価値が“いくら稼げるか”で測られるのはおかしいと思ってしまう。誰かが亡くなったり大きな怪我を負ったとき、損害賠償はその人が元気だった場合稼げたかもしれない金額を元に算出される。男女の差は是正されつつあるが、人の価値はいくら稼げるかだという点は変わらない。

じゃあなにを基準にすればいいんだよとか、そんなの価値の一部に過ぎない、大袈裟だ、と言われると困ってしまうのだが違和感は残る。

ネットには広告やインフルエンサーが溢れていて、そんな服は恥ずかしいとか、その食べかたや寝かたは健康によくないから直すためにこれを買えとか、流行のこれをまだを持っていないのかとか声高に叫んでいる。自分の持ち物や生活にけちをつけられず、気に入ったものを長く大事に使うことは難しい。そもそも今は、長く使える良質のものを買えない人も少なくない。

社会主義なら、人の価値はいくら稼げるかではなくなるんだろうか。それは恥ずかしくてみっともなくてダメだからこれを買えとか、今しかないから買ったほうがいいとか追い回されなくなるんだろうか。

そうなればいいと思うが、どこかに落とし穴がある気がする。だからその人の本を読みながらあれこれ考えている。

2026/10/02

Kohana

@kohana
エッセイとAuto fiction。 自分の言葉を取り戻すリハビリのために書いています。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。