ちょうどコロナが、次いでウクライナ侵攻が始まった頃のことだ。
自分はその頃、もはやはあまり憶えていないが精神的にショックを受けた、ある出来事から立ち直りかけたところだった。更に長く煩っていた母の病気の診断が確定したので、今後の治療方針についての話し合いをしたり、急逝した親戚の葬儀の支度を手伝ったりと妙に忙しい日々を送っていた。
部屋に戻ると動画を流しながら語学の勉強をした。その時期に見始めたのがテレビ朝日系列の某ネットテレビだった。
その中に倍速ニュースという番組があった。今もある。これを初めて見たとき、自分は馬鹿じゃないかと思った。こんなのを見る人は時間の使い方が下手なんだろう。どうせスマホゲームなんかで時間を潰して過ごしているのだ。そう根拠もなく決めつけた。どのみち自分はこれは一生見ることがないだろう、いや見ないね、と勝手に決めた。
それからあれこれあって、自分の生活は大きく変わった。外国では更にいくつもの戦争があり、日本でも自分を含む人びとの価値観が大きく揺らぎ始めた。各放送局は海外ほどではないがYouTubeやアプリでニュース動画を流すようになり、公共放送が本格的にネット配信を始めた。
そのせいもあって、朝日系列のネットテレビを見る時間はかなり減った。ニュースチェックは公共放送と、契約している新聞のアプリが中心になった。動画を見たいときはテレビの見逃し配信をチェックする。便利だ。
しかし、次第にその便利な感じがなくなってきた。
アナウンサーの喋りがゆっくりだからだ。どうしてこんなにゆっくりなんだろう。お年寄りの視聴者が多いからか。ゆっくりすぎて聞きながら歩いていると躓きそうである。
おまけにリアクションが大げさで幼児向け番組みたいだ。ニュース自体も自分が知りたいことはあまりやってくれない。たとえば猛暑なら、今後の予想と専門家の知見と猛暑の原因である環境問題についてもっと時間を割いてほしいのだが、市井の人がひたすら暑いですねえ暑い暑いと言っている。
もちろんこれは猛暑に限ったことではない。苛立ちは日に日に募っていった。この公共放送は報道の役割を「人びとの想いを伝えること」だと考えているようだ。違うんじゃないかと思うのだが。
ある日、物価高騰についてゆっくりと概要を述べた後、街の人たちが大変ですねえとか工夫していますとか、おかげで物を大事に使うようになりましたとか話す様子を延々流し、更にアナウンサーがおっとりとした口調で感想らしきものを述べたとき、苛立ちは限界を超えた。
私はアプリの設定を開いて速度を1,25にした。たまたまこのタイミングで専門家が出てきて内容が少し面白くなった。そしてこちらは速度を速くしたせいで、アナウンサーがハキハキした口調で喋るようになった。
こうして自分は一生やらないし、やる人間は馬鹿だと決めつけていた高速動画再生を始めてしまった。過去の自分の言動を反省している。
しかしインタビューや現地ルポなどは普通の速度でみたいと思う。AIを使ってそうした調整はできないだろうか。無理か。
とにかく今はちょっとだけ快適である。アナウンサーやキャスターの方々には大変申し訳ない話だが。そしていつか自分もゆっくり口調や大げさなリアクションを好むようになり、この記事を書いたことを反省するのかもしれないが。
2026/05/20
Kohana