夢で母と一緒に百貨店に行った。母は若くて元気だった。
買い物を終えたあと、母は私を地下のフロアに連れて行った。明るいが狭く、音楽も装飾もない。金属製の棚に女性用の下着が置かれている。
「ここ安いのよ、工場直送なの。お母さんいつもここで買ってるのよ、せっかくだからあんたも買ってゆきなさい」
現実の母は国内メーカーのシンプルなデザインのものを通販で買っていたはずだが、そこに吊されたり積まれたりしているものはどれもレースがふんだんに使われていた。色も派手なものが多い。しかし安い。ひと組一率500円、一枚なら300円。母は既に地味な色のものをいくつか籠に放り込んでいる。自分はためらった。夏にレースが多い下着を着けて、汗でかぶれたことがあるからだ。あのときは肩の皮がレースそのままの形にべりべりっと剥がれて驚いた。あの皮、取っておけば良かったなあ、さすがに無理か。
少しでもシンプルなデザインのものを探していると下着の棚は終わってしまい、右手に別の長い棚が現れた。ワンピースやニットがずらりと下がってる。やはりお客らしい、ペイズリー柄のロングスカートをはいたおばあさんが私を見て言う。
「若い子が来るのは珍しいね、古着だけどけっこういいものがあるよ」
そんなに若くはないが、この年の人から見れば自分なんてまだまだ小娘なんだろう。そう思いながら服を見る。なるほど古着だ。襟元の黄ばんだ白いワンピース、かなり状態のいいすみれ色のカーディガン、ラメ入りのグレイのニット、樅ノ木色のタイトスカート。しかし値札がない。
「いくらなんですか」
荒っぽく服をかき分けながらおばあさんは答えた。「基本100円。それに10円でも20円でも志をつけてくれればいいの」
へんなシステムだ。それだと10枚買っても千数百円で済むのか。しかし欲しいものがない。この背中の開いた黒いワンピース、昔妹が着ていたものじゃないだろうか。そういえば最近古い服を処分したと聞いていたから、それがここで売られているのかもしれない。
服の列は長かった。棚はどんどん伸び、と同時にフロアも広く、薄暗くなってゆく。いつのまにか自分は母もおばあさんも消えた倉庫のような建物の中を、服のカーテンをかき分けるようにして歩いていた。いったいどこに好みの服があるんだろう。いや、どこに出口があるんだろう。どちらを向いても視界の果てまで服の列が続いているし、見上げてもっ黒な屋根に切られた天窓から青い空が見えるだけだ。
ふいになにかに躓いた。通路に木の棚が飛び出している。なんだろう。アリスみたいにここから出るための鍵とか、身体の大きさの変わる薬があればいいのに。(自分は最近、鏡の国のアリスの新訳を読んだばかりだった)
でも違った。引き出しのように飛び出た棚に置かれているのはハードカバーの日記帳だ。青っぽい表紙に星や月が描かれている。自分が昔使っていたのと同じものだ。
中を見ようとしたが。日記には鍵がかかっている。自分が子供の頃はこんなふうに、本物の小さい鍵の着いた日記が売られていたのだ。いや、今もあるのかもしれないが、そしてそこに、憧れの男子と隣の席になれたとか、先生がAちゃんはすごく怒ったのに同じことをしたBちゃんを大目に見たのはずるいと思うとか、どうして人間は憎み合うのかとか、親友だと思っていたのにCちゃんはひどい、絶交だといったことをえらく仰々しい言葉で書いていたのだった。
実は自分の古いデスクの引き出しにはその鍵がまだ残っている。きっとこれは私の日記帳だ。実家を解体したときに、業者さんが売れそうなものを全部売ってしまったのだ。(実際にはそんなことはないです)
じゃあ、と立ち上がり、私は倉庫を見回した。
服の列の果てに、あのとき失くした本の並ぶ棚が見えた。
2026/03/14
Kohana