声と顔の話

kohana
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公開:2025/10/24

移動中や家事の時間はイヤホンでPodcastを聞いている。

主に使うのはAppleのPodcastだ。番組ごとに登録して作れるライブラリ機能が気に入っている。News/Japan/English/Frenchなどのライブラリをつくり、番組を振り分けることができるのだ。今日は英語の日と決めて英語のコンテンツだけを流しっぱなしにすることもできるし、番組を探すときにも便利である。

そんな風にして数年Podcastを楽しんでいたのだが、最近、好きな番組が同じ内容をYouTubeでも流していると知った。試しに見てみると、こちらは映像がついている。Podcaster(というらしい)のおふたりが画面の右と左に映っているのだ。初めて見るお姿である。いや、プロフィール写真は拝見していたが、多分数年前に髪や服装をかなり整えて撮影したものであろう。だから実物はちょっと違っていた。

へんなかんじだと思った。毎日聴いて、お隣さんか学校の先生みたいに親しんできた声が、全く知らない人の口から発せられている。だけどこれは最初からその人の顔と声なのだ。もっともその違和感にもすぐ慣れた。たまにあるライブ配信を流しっぱなしにしながら、子供の頃のことを思い出した。自分はなにかにつけて昔を思い出す人間なのだ。

私の従姉はアニメファンだった。とあるアニメの声優さんが好きで、会うたびに自分にはよくわからないことを一方的に話していた。当時の自分はアニメの仕組みは知っていたが、声優という存在は知らなかった。

そんなある日、両親の仕事の都合で、従姉の家にひと晩泊まることになった。その日テレビで、声優が映像に生で声を当てる、という番組があった。普段ゲームをしたり怖い話を聞かせてくれる従姉は当然テレビに貼りついた。自分も訳もわからず一緒に見ることになった。

画面では華やかな服装のキャラクターがくるくると舞ったり叫んだりしていた。カラフルな髪が重力に逆らって揺れている。どんな話かはわからないが、従姉は夢中である。画面の下の端がなぜか四角く切り取られて、そこにきれいな女の人が映っている。女性は口を一生懸命に開けたり閉じたりしている。従姉は自分の方をちらっと見ていった。

「この人が声優ってうのよ、このキャラクターの声をあてているの、すごいでしょ」そして用は済んだとばかりにテレビの方に戻ってしまった。自分は仰天した。従姉の言わんとしていることはわかったが、どう見てもその、下に映っている生身の人間が喋っているようには見えなかったからだ。きれいな女性はいつの間にか眼鏡を掛けたその辺のおじさんのような人に変わっており、やっぱりその人も口をぱくぱくさせていた。本当に話しているのはアニメのキャラクターの方で、人間がそれに合わせて口を動かしているようにしか見えない。

その夜、自分は眠ることができなかった。なにかあるとすぐに眠れなくなる子供だったのである。そしてそれからしばらく、アニメ番組が見られなくなった。アニメの絵が映るとテレビを消し、自分の部屋に逃げ込んだ。怖かったのだ。見てはいけない世界の裏を知ってしまったような気がした。

今はもちろんそんなことはない。それに、今の子供は自分のようなショックを受けることはないのかもしれない。声優という職業は広く知られるようになり、声優さんも普通に顔を見せるようになった。

自分はアニメは滅多に見ないが、声優という人たちの顔を見るたびにあの日のことを思い出す。自分が小さかったせいもあるのだろうが、あれが声の演技のすごさというものなのだろう。

2025/10/24

Kohana

@kohana
エッセイとAuto fiction。 自分の言葉を取り戻すリハビリのために書いています。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。