数年前に田舎に引っ越した。正確には里帰りしたのだ。
街の生活は便利だが、部屋は狭かった。そして空が見えなかった。いや、この書き方は大袈裟だ。自分が住んでいる辺りの建物は、高くても10階建てがせいぜいだった。その間に昇る月も美しかった。しかし、田舎育ちの自分はいつも、なんだがごみごみしているなあと思っていた。
だから田舎に帰ってからは、空の広さや緑の美しさに毎日感動している。この感動は不便さと引き換えなのだが、マックやカフェや100均やショッピングモールが近くになくても気にならない。
もっとも、田舎には非常に鬱陶しいものがある。
ご近所付き合いだ。
自分の周囲の近所づきあいは幸いそれほど密ではない。それでもなんとなく噂は耳に入ってくる。引っ越して1ヶ月もしないうちに、近所のお年寄りや主婦のグループに捕まった。
夏の夕方だった。噂話は30分ほど続いたと思う。暑い。おばあちゃん方は家に戻って水分を取った方がいいのではないか。せめて日陰に移動しないか。噂話は延々続くが、自分は元々そうしたことには興味がない。名前を出されても誰のことかわからない。
不思議なのは、その人たちの話しぶりに全く邪気がないことだった。誰かを貶めようとか馬鹿にしようとか、懲らしめてやろうとかいったニュアンスがない。ご近所のちょっとしたトラブルも、裏庭に灰色の野良の仔猫が出たのも、最近卵が高くなったのも同列なのだ。ただおしゃべりとして楽しんでいる。そのせいか不快ではなかった。
それから更に1ヶ月後のことである。休日だったが自分は家に籠もっていた。その日は家族会議があるはずだった。会議というと大袈裟だが、母が病気を患っており、定期的に話し合いたいことはそれなりにある。しかし家族に急用が入り、会議は翌週に変更になった。
暇になった自分は庭の様子を見に外に出た。そこに、あのグループの中でも特に噂好きのおばさんが通りかかった。散歩だろうか。
「こんにちは」手編みの花のコサージュを胸につけたおばさんは、にっこり笑って頭を下げた。
「こはなちゃん、どこにもいかないの? いい天気なのに」
こうした場合の受け流しが自分は苦手だ。
「ちょっとゴタゴタしていて」
おばさんの眉がピクリと動いた。いやゴタゴタってなんだよ。私は即座に後悔したが、
母の病気や今後の予定について話し合いをするはずだったのですが、家族に予定が入り変更になってしまったのです。もっとも家族会議なんてあろうがなかろうが私は家に籠もって本を読んで過ごしたでしょう。他に何をしろというんですが。読書こそ我が生きがい。
とは言いにくい。他人にとってはなんだそりゃという話である。それをゴタゴタと表現したのだが、当然相手はそうは取らない。
「ゴタゴタってどうしたの?」
「いえ、そんな深刻なことでは」自分は必死に話題をそらしその場を逃れた。
やっぱり田舎はきつい。
コーヒーを飲みながら思った。まだ引っ越して数ヶ月なのに、これからやっていけるのか。自分についておかしな噂が広まったらどうしよう。
しかし数年経ってもそんな様子はない。そして町内のおじさんたちも、一人暮らしのお年寄りや病気を患っている人について時折情報交換をし、様子を見に行ったりしているらしい。
自分についても「のんきそうだがそれなりに色々あるようだ」くらいの話は知られているだろう。その程度の付き合いはあった方がいいんじゃないか。今はそう思っている。
2026/10/11
Kohana