新しいスマホを買ってまだ1年しか経っていないのに、スマホを変えたいなあと思っている。
しかし一般的な買い換え願望とは少し違う。なるべくシンプルなスマホにしたいのだ。AIとか画面やアイコンがきらめいたり震えたりする効果とか、シャープで鮮やかならすべて善しというカメラに価値を見いだせないからだ。いや、積極的に嫌いなのである。
AIは自分は世界のどんなことでも知っています、という顔をしている割に実は大して役に立たない。嘘も平気でつく。必死にスマホで検索して、知ったかぶりをしながら周りに話を合わせている小学生のように思える。美しい効果はあってもいいが、それで気が散ったり眼が疲れたりバッテリーや容量を食うなら個人的には不要だ。カメラだって画素数の多さは現実との近さの証ではない。
それにさあ、と内心密かに考えていた。
AIとか画面やアイコンがきらめいたり震えたりする効果とか、シャープで鮮やかならすべて善しというようなカメラがないスマホなら、多少は安いかもしれない。
そう、スマホは高い。自分がたまたまiPhoneユーザーだから特にそう感じるのかもしれないが高い。なぜiPhoneかというと、ガラケーからスマホに変えたとき、スマホというものがなんなのかよくわかっていなかったからだ。ショップにはさまざまな大きさのへんな板が並んでいたが詳しい説明はなかった。phoneとあるなら電話だろう。そんな適当な気持ちでiPhoneを選んだのだ。
iPhoneは確かに便利だ。自分はやっていないが身の割のデバイスを全部Appleで揃えれば至れり尽くせりのデジタル生活を送れるだろう。でも自分はiPhoneだけでもう充分という感じだ。便利だけれどいつも縛られているような気がする。なにかあると、いや何がなくてもついスマホを手に取ってしまう。スクリーンタイムは増えてゆく。バッテリーは劣化する。そして自分はAIの無神経で嘘だらけのアドバイスとSNSの炎上にいつも苛ついている。そう考えるとiPhoneは、いやスマホはデメリットの方が大きいのではないか。あんなに高いのに。
試しにシンプルなスマホを探してみた。所謂ミニマリズムの影響もあってか、機能を極端に制限したスマホは海外製でいくつかある。しかし高い。円安もあるのだろうが、中には1台10万するものもある。それにすべてが日本でも動くかどうかわからない。こうなったら高齢者向けのなんとかホンにするしかないのか、いや、スペック低めのアンドロイドを買って最低限のアプリだけ入れて使うほうが現実的かもしれない。
などと昨夜話していた。AIと。
それに、いくつかやっているSNSとアプリは使えやければ困るのだ。
だからだめなのだと思った。
以前吾妻ひでおのアル中日記で「アルコール中毒の患者はぬか漬けのきゅうりのようなもの、2度と元には戻らない」と読んだことがある。自分はアルコール中毒ではないが間違いなく初期のスマホ中毒だ。
どんなものともつながらない生活、ただ生身の人間がひとりずつ野原に立って、空を眺めているような時代に生まれ変わりたい。
2026/02/19
Kohana