「文学は面白いのだ」

kohana
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公開:2026/1/17

文学は面白いものなのだとずっと信じている。

そうなったきっかけも覚えている。小6の時に使っていた、国語の資料集かドリルか参考書か、正確なところは忘れたが、とにかくその手の本のコラムにこんなふうに書かれていたのだ。以下、記憶をたどって書く。

「きみたちは、文学全集に入っているような作品は難しくてつまらないと思うでしょう。しかしけっしてそんなことはない。ああした作品はすべて、間違いなく面白い傑作である。」

いきなり大きく出た。

「傑作だからこそ何百年も読み継がれ、たくさんの言葉に翻訳されて今も残っているのだ。つまり時代を超えたベストセラーなのである。これが面白くないはずがない。」

ほかの子供はここでケッ、となったかもしれないが、自分は大いに納得した。ここでコラムはとどめを刺した。

「もしきみが今がそうした作品を読んでつまらなかったとしても、それは人生経験が浅いからだ。だから、大人になったらまた読み返してみてほしい」

自分が中学の図書館に入り浸ったのは、元々の本好きに加えてこのコラムの影響が大きい。最初に借りたのは文庫のジェイン・エアだった。この作品を当時の自分はずいぶん気に入り、分厚い文庫と図書室の文学全集と父の手持ちのぼろぼろの文学全集の3種類を読み倒して冒頭を暗記していた。

それからゾラのナナ、バルザックの谷間のゆり、パール•バックの大地、ドストエフスキーの罪と罰、トルストイのアンナ・カレーニナ。どれも面白いと思って読んでいた。

ストーリーはもちろん、昔の人々の生活ぶり、室内のインテリアや小物の描写、食事のシーンも好きだった。食べたことはおろか聞いたこともない外国の料理を父の百科事典で調べたりした。映像化作品はイメージが限定されるのであまり好きではないのだが、当時の様子がわかるかも、と海外の映画化作品の古いものを中心に真剣に見た。もっとも大地の白黒のハリウッド版では、弁髪の主人公がいきなり英語をしゃべり出してびっくりした。

当時全く面白さがわからなかったのはチェーホフである。読みましたよ、そうですか、それで? という感じ。大人になったら理解できるんだろうかと首をひねりながら返却の手続きをした。

そのあと、自分は大人と呼ばれる年齢になった。子供の頃に思い描いていたような大人ではない。病気やら怪我やらで一般の人生からずいぶん外れてしまったからだ。かといってぼんやり歳だけとったというわけでもない。普通の人と違うだけでそれなりの(場合によっては普通以上の)ことを経験してきた。

今、当時夢中になった本を再読すると、どこまでわかって読んでいたのかと不思議に思うことが多い。ナナなんかは特にそうだ。大地は当時も面白かったが(特に第二部が)、今は男性陣の女性観が歪みきっていて笑ってしまう。所謂拗らせである。著者のパールバックは女性だから、周囲の男性をモデルに楽しんで書いたんじゃないだろうか。

そしてチェーホフである。少し前に桜の園を読み、予想外の面白さにびっくりした。今は決闘を読み始めたところだ。どうして昔はわからなかったんだろう。

あの強気のコラムは自分にとっては真実だった。文学は子供の頃に背伸びして読んでもそれなりに面白いし、大人になってから読み返すとより深く楽しめる。昔はピンとこなかったものが傑作として復活することもある。

文学は面白いものです、ほんとうに。

2026/01/17

Kohana

@kohana
エッセイとAuto fiction。 自分の言葉を取り戻すリハビリのために書いています。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。