昨日は9月11日だった。アメリカ同時多発テロの日だ。
なんとなく気になって、数日前から関連ニュースを読んでいた。当日も寝る支度をしてからアメリカのYouTubeチャンネルでリアルタイムのドキュメンタリーを見た。
かなり長い動画だった。ナレーションや過剰な演出はなく、その日の撮影された動画が淡々と流される。日本のニュース動画らしきものも少し含まれていた。
無数のOh My Godを聞いた。アメリカ人は本当にOh My Godと叫ぶのだ。それからあの頃のアメリカはちゃんとしていたなと思った。行ったこともないくせに当時のアメリカが懐かしくなった。どうして今はこんなふうになってしまったのだろう。
この事件が起きたのは日本時間で夜9時過ぎだったと思う。自分は入浴を済ませ、パジャマに着替えてリビングを覗いた。両親がニュースを見ていた。自分もなんとなく画面を見た。高層ビルが2本映っていて、その片方からもくもくと煙が上がっていた。
映画かなと思ったが違うらしい。食い入るように画面を見つめていた母が、「アメリカのビルに飛行機が突っ込んだみたいよ」と言った。キャスターのしゃべりも慌ただしい。
ふいに別の飛行機が現れた。飛び方がおかしいと自分は思った。「あれもぶつかったりして」と呟いた瞬間、その飛行機がもう片方のビルに激突した。
父は寝室に引き上げてしまったが、その日は私も母も遅くまでテレビにかじりついていた。
そうだ、あのときは父はまだ生きていて、母も元気だった。懐かしい家で温かいお茶を飲んでいた。自分は(年齢より両親が健在だという意味で)子供だった。不謹慎な話だが、あの日の出来事は自分にとっては幸せな思い出のひとつになってしまった。
でも、ある人にとっての悲劇的な日が、別の人にとっては至福の日だったり、平凡な日常だというのは良くあることだ。自分が病気で苦しんでいたときも世界中の人は自身の日常に一喜一憂していたのだし、大きな事件の日がたまたま誕生日と重なってしまい、なんとなく気まずいという人も結構居る。しかし、どちらも少しも責められることではない。
そんなことを考えながら何気なくスマホを手に取った。すると、あまりにもできすぎた話だが、知人の赤ちゃんが無事生まれたという報告が入っていた。すぐにおめでとうのスタンプを送った。
不幸なことばかり続く世の中だが、赤ちゃんの誕生は素晴らしいと思う。悲劇の中で生まれる命ほど素晴らしい。新しい命の誕生がなければ、こんな世界はとっとと滅びてしまっていいですよという気持ちになってしまう。
その子が大人になる頃にはこの世界が少しでもよくなっていてほしいと思う。
2026/09/12
Kohana