(ネタバレを含みます)
小さな恋のものがたりを読んだ。
説明の必要はないと思うが、みつはしちかこさんの漫画作品で、おそらく半世紀ほど続いている。版は普通のコミックよりも大きい。他の所謂漫画やコミックとは違う出版社から出ていて、巻ではなく集とかぞえる。たとえば40巻は第40集だ。とにかく自分が初めて読んだときから、他にない特別な漫画だった。
その特別な漫画を初めて読んだのは、年の離れた親戚のお姉さんの家に遊びに行ったときだった。彼女は大きな農家の娘さんで、屋根裏のような部屋にアンティークの家具に囲まれて暮らしていた。つまり所謂漫画を読みそうなタイプの人ではなかった。そんなお姉さんが好きな漫画だと聞いて、余計に特別な気がした。
お姉さんの部屋で手に取ったのは第1集で、チッチと呼ばれるようになる高校生くらいの女の子と、彼女がサリーと呼ぶ背の高い男の子の出会いが描かれていた。チッチはひたすらサリーに憧れるが、サリーのほうは何を考えているのかよくわからない。時々ポエムのようなページがある。
帰宅して母に話すと、母もその漫画を知っていた。そんなわけで小さな恋のものがたりは少し身近になり、母が買ってきたりして家でも読むようになった。
全巻読んだわけではないのだが、この作品はずっとほぼ同じことをやっている。たしか9集あたりでかなり重い女の子が現れてふたりは破綻寸前になり、ドラマティックな展開の後よりを戻すのだが、ほかは喫茶店に行ったり映画館に行ったり散歩をしたり、春はお花見、夏は海水浴にハイキング、冬にはこたつとねことみかん。お母さんは和服に割烹着だ。恋愛のあり方もたぶん50年ほど前のままで、とにかくのどかなのだ。少女漫画版サザエさんのようなものである。この漫画は永遠に続くのだろう。自分はそう思っていた。
それが気がつけばもう10年も前になるのだが、チッチとサリーが別れた、とうのでネットが騒ぎになっていた。へえ、と自分は思い、ネットを全くしていない家族に話した。家族の返事もへえ、とか、そうなると思った、といった案外素っ気ないものだった。
自分はいつかそのエピソードを読みたいと思いつつ、なんとなく今まで過ごしてしまった。それが数日前にKindleのアンリミテッドの対象になっていると知り、空き時間に読んだのだ。
以下ネタバレになるが、別れは突然にやってくる。サリーがフィンランドに留学するという。帰国はいつになるかわからない。3年後か4年後か、もっと掛かる可能性もある。チッチはショックを受けるが彼はあっさり旅立ってしまう。
ネットで大騒ぎになるのも無理はない。サリーはチッチのことをどう思っていたんだろうか。
サブスクには第44集も入っていたので続けて読む。チッチはどうにか元気を取り戻したようだ。
サリーはというと、いきなり無記名でカードを送ってきたり、(彼のお母さんはこれを知り、自分には連絡がないのにとショックを受ける)。帰国すると丸々1日チッチのために割いたりする。わざわざ北欧から、短期間の帰国ということを考えれば破格の扱いだ。しかしチッチはその重さがよくわかっていないように見える。そのあたりが普通の高校生らしくてリアルだ。
彼女の周りには岸本さんや、新しく現れた後輩のお兄ちゃんなど、それなりに気の合いそうな男子がいる。しかし岸本さんは松木さんとの関係が気になるし(自分は彼女が一番好きなのだ)、新キャラについては「誰にでも優しい」というのが引っかかる。多分チッチの恋愛対象にはならないだろう。
タイトルからもう丸わかりだが、この漫画は恋についての作品だ。あまり美人ではない主人公がいて、ありのままの彼女を憧れの彼が気に入ってくれる。つまり往年の少女漫画の王道である。そして若干の偏見が入るが、恋愛もの少女漫画は恋愛がすべてである。恋の成就はなによりも困難かつ重要であり、恋さえ叶えば人生はうまくいくのだ。たぶんチッチはそんな風に考えている。彼女には自分自身の将来の夢がない。きっとすべてはサリーと両思いになって結婚してから、と考えているのだろう。かといってマユミのように楽観的に結婚生活をイメージしているわけでもない。ちょっと言葉が悪いが依存的だ。
一方でサリーは恋愛の重要度が低いタイプに見える。友達もいるし案外面倒見がよい。恋愛に興味がないわけではないし、いつかは結婚もするだろう。でも人生はほかにも愉しいことや大事なことがたくさんある。だから浮気性というのではなく、恋愛自体に縛れたくない。そんな考えなんじゃないだろうか。
ある意味『ちいさな恋のものがたり』は、チッチの恋愛至上主義をそんなサリーがゆるくゆるく否定し続け、最後にきっぱりノーを突きつけた作品ともいえる。だとすると、恋愛ものの少女漫画としてはやはり特別だ。こんなにかわいらしくほのぼのしているのに重い。
みつはしちかこさんは、この作品は片恋まんがです、と仰っていた。ならばこの物語が本当に終わるのは二人が別れたときではなく、サリーの人生の中で恋愛や結婚の重要度が上がったときなのかもしれない。
そして第44集では、その彼の心に変化が兆しが見える気がしなくもない。
2026/10/08
Kohana