キンモクセイの季節がやってきた。
以前も書いた気がするが、キンモクセイの香りはおいしそうだ。花よりは果物の香りに近い気がする。
キンモクセイの実があったとしたら、どんな果物だろうか。
あんな感じだ‥‥こんな感じだ‥‥食べるときはこんな風だ‥‥こんなふうに大きな実を抱えて‥‥と、映像や触覚や嗅覚、味覚を使って想像する。言葉に起こすと濃い金色で大きくて、洋梨のようなしずく形をしていて、身は締まっているが果汁が多い。
自分は夢想癖があるので、ここまで来ると本当に食べている気になる。口をもぐもぐ動かしたりする。バスの中でそれをやってしまい、ああよかったマスクをしていて、とほっとする。ほっとしながら鼻から上はつんと澄ましこんでいる。
昨日、その憧れの果物を想像していてふと気がついた。
こんな実が出てくる話がなかったっけ?
小学校低学年の頃に夢中で読んでいた、大判の童話集の挿絵が鮮やかによみがえった。主人公は百姓風の男だ。舞台は日本である。抱えるようにして大きな金色の実を食べている。それから巨大な蛙が出てくる。あの蛙は敵だったんだろうか。味方だったんだろうか。好きだったくせに思い出せない。とにかくあの実はものすごくおいしそうだった。毎年キンモクセイの季節のたびに自分が思い描いていたのはあの果物だ。
しかし、タイトルがどうしても思い出せない。ついAIに訊いてみる。あまり期待していなかったが、AIはそんな童話はないと言い、あなたは別の物語と混同しているのだろうと決めつけ、海外の童話をいくつか挙げてきた。自分は腹を立ててアプリを閉じた。
気を落ち着かせて記憶を探る。古い日本の童話作家の作品だ。小川未明ではない。椋鳩十でもない。宮沢賢治でもない。他に誰かいたっけ。
坪田譲治
ぱっと『びわの実』という言葉が浮かんだ。そうだ、あれはびわの実だ。
少しがっかりした。びわは何度も食べている。おいしいけれど、あの童話を読んで想像した味とは違う。そうだ、自分の憧れの果物はもっとああで、こうで、ともぐもぐと口を動かす、ああよかった、周りに誰もいなくて。
2026/09/22
Kohana