たしか小学校三年生の時のことだ。
当時の自分はたいした悩みもなく、毎日元気に学校に通っていた。本への執着も今ほどではなかった。友達も男女問わずたくさんいた。どこにでもいる田舎の平凡な子供だった。
それが突然、人の顔が気にりだした。
どうしてみんな、顔の真ん中に孔を開けているんだろう。
鼻の孔のことである。自分にだって生まれたときからついている。今まで毎日眼にしていて、不思議だなんて思ったことは一度もない。でも、考えると変じゃないか。世界じゅうの人が全員、顔の真ん中に黒々とした深い孔をふたつ開け、それをむき出しにして暮らしているのだ。
自分は他人の顔を見られなくなった。といっても、あからさまに眼を背けるのは失礼なので、なんとなくあさってのほうを向いて登校し、授業を受けた。その年の担任は、岩のような赤ら顔の年配の先生だった。先生の孔は特別に大きかった。
幸いその違和感は翌日には収まっていた。相変わらず孔はある。当たり前だ。鼻には孔が開いているものだ。でなければ息ができないし匂いもわからない。どうしてあんなに気になったんだろう。そう思った。
それからしばらくして、今度は耳が気になりだした。
ちょうど秋で、運動会の練習の時期だった。男子はみんな髪を短く刈って耳をむき出しにしており、髪の長い女子は邪魔にならないようにゴムで結わえたり、三つ編みにしたりしていた。だから耳がよく見えた。
耳は変な形だ。と思った。どうしてあんなにギザギザしたり、歪んだりしているんだろう。そのグロテスクな形のものが顔の両側かについている。変だ。耳だけが宇宙人みたいだ。
なんだか怖くなった。地球はもう異星人に占領されていて、自分は地球人の最後の生き残りだという気がした。
その違和感も寝て起きると収まっていた。運動会の練習は最後のリハーサルに入った。待ち時間は暇なので自然とおしゃべりがはじまる。
女子たちがひそひそ声で噂話をする中、男子のひとりが大声でクイズのようなものを始めた。
「おれ、この前通学路で宇宙人見たんだぜ、誰だと思う? ぶっぶー、ちがいまーす、友達のAくんでしたー。地球もは宇宙の星だもーん。だから地球人もみんな宇宙人なんだぜ」
さっそく女子がうるさいと注意する。
そうか、みんな宇宙人か。自分はなんとなく納得して体育座りで秋の風に吹かれていた。
2026/10/13
Kohana