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給食などの思い出

kohana
·
公開:2026/9/17

学校生活の楽しみは給食だ。

育ち盛り食べ盛りの小学校では特にそうである。自分もなんとなく献立表を熱心に見ていた記憶がある。

しかし大人になってから、もっと切実に献立表を読む羽目に陥った。骨折で3ヶ月ほど入院したときだ。

入院生活は変化がない。リハビリは毎日あるが30分かせいぜい1時間くらいだ。整形外科の病棟はお年寄りが多いので、みな暇な時間はテレビを見て過ごしている。自分の入院は秋の終わりに始まり、クリスマスを経て年を越した。大晦日には自分以外のほぼ全員の患者さんが、それぞれのテレビで同じ紅白歌合戦を見ていた。

自分はというと、ベッドの周りにカーテンを巡らせてフランス語の勉強をしていた。と書くと非常に真面目な患者のように思われそうだが、実は当時、事故のショックで白内障が悪化し視力が落ちていたのだ。そして、手持ちの本の中で一番活字が大きかったのが大判のフランス語の入門書だったのである。その本の内容は初歩の初歩だったが、発音方法がかなり詳しく図入りで説明されていたので重宝していた。

カーテンの中で熱心にウイーとかグエーとか発音練習をやっていると、看護師さんが飛んできた。隣のベッドおばあちゃんが、私が痛みで呻いていると勘違いして知らせたらしい。フランス語の勉強がしにくくなった。

暇である。自分は車椅子で廊下を無駄にぐるぐる回った。ひとけのない廊下の壁のボードに院内給食の献立表が貼られている。献立表は一般向け、お年寄り向け、食事制限が必要な人向けと数種類あった。

自分は車椅子を停め、立ち上がって(もう立つことは許可が出ており、むしろ積極的に足の裏に刺激を与えるよう指導されていた)眼を近づけて献立表を読んだ。文字がたくさん書いてあった。この献立表は週に一度変わるのだ。

ボードの前に立ち、献立表の今日の処だけを読むのが日課になった。おいしそうとか食事が楽しみだというより、違うものを読めるのが嬉しかった。小さい字でも献立を読むだけならたいして眼も疲れない。

その後自分は春が来る前に退院し、眼の手術で視力も回復した。フランス語の本や細かい字の文法書も読むようになった。

当時の自分は精神的なショックで若干子供返りしていたせいか、あまり自分自身のような気がしない。二度目の幼児期が突然人生に侵入したような感じだった。だから今もあの頃の思い出を持て余している。

2026/09/17

Kohana

@kohana
エッセイとAuto fiction。 自分の言葉を取り戻すリハビリのために書いています。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。