超ひまな部隊

kohana
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公開:2026/3/9

戦争が終わらない。

自分は平和主義者というより安全主義者の怠け者である。だから防衛のためならともかく、わざわざ攻め込んで戦争をする人の考えがわからない。もっともそうした人たちにも一定の理屈らしきものはあるようだ。相手が何か恐ろしいことを企んでいるので、それを実行に移す前に叩かねばというのである。なるほどと思う反面、そんなことを言っていたらきりがないじゃんとも思う。そして今きりなく戦争が起きている。

こうした戦争にイスラエルが絡んでいると、正直複雑な気持ちになる。自分の小学生時代の愛読書がアンネの日記とその関連書だったからだ。しかし今日書きたいのはアンネについてではない。イスラエルの超正統派と呼ばれる人たちの話だ。

自分は語学の勉強を兼ねて海外のドキュメンタリーをよく見るのだが、その中に以前、イスラエルの超正統派と呼ばれる人たちを取り上げたものがあった。

超正統派とは、ユダヤ教の教えを厳格に守る人々のことである。男性はずっと聖書を勉強している。だから収入が少なく、政府の補助を受けている。十戒の「汝殺すなかれ」を守るために兵役も免除されている。スマホというか、携帯は最低限の機能のものしか持たない。そして神の教えに従い子だくさんである。子供が多いので超正統派は増えてゆく。国の財政を圧迫するので批判が多い。最近は兵役免除についての風当たりも強いようだ。

そんな背景を説明したあと、画面は子供たちが通う学校へと移った。日本の感覚でいうと修道院のような処だ。長い木のテーブルに男の子がずらりと並んでいる。昼食だろうか。学校なので成績があり、劣等生もいる。先生とおぼしき人が、「成績の悪い子から部隊への志望者を募ります。ここでは元気がない子もやりがいを感じるようです」などと話している。

劣等生ばかりの部隊を作って戦場に送り込み、国民の批判をかわしているようだ。嫌な予感がした。まさか弾よけにされるのでは。

しかし全く違った。次に映し出されたのは荒野である。自分は子供の頃からよく聖書物語の本を読んでいたので、あの舞台はこんな処なのかと少し感動する。ゴツゴツした大きな岩が転がっており、その間にあせた草が生えている。歩きにくそうだ。その歩きにくそうな丘を、数人の男子が箱のようなものを引いて歩いている。超正統派部隊だ。

周りには何にもない。敵もいない。何かを見張っているようだ。双眼鏡で時々遠くを見ている。しかし何もない。またちょっとごろごろ箱を引きずって、休んで遠くを見る。箱は本来は弾避けなのだろうか。しかし弾よりも陽を避けるのに役立ちそうである。中に入って本を読む子がいる。カメラを向けられると恥ずかしそうに笑い、「ここだと思うように勉強できなくて辛い」というようなことを言っている。

昨日の夜、ニュースであの丘によく似た風景の写真を見た。もちろん彼らがずるずる箱を引きずっていた場所ではないだろうが、あの子たちは今何をしているだろうと思った。きっと大人になっているだろう。本当の戦場に行かされて、残酷な行為に慣らされてしまってはいないだろうか。

超正統派部隊は暇だ。彼らも暇だなあとか、俺たち何やっているんだろうなあと思いながらあの時間を過ごしていたはずだ。でも、あの双眼鏡が退屈な景色ばかりを写し、箱が防ぐのは日差しと風とせいぜい雨くらいで、今日も明日もあさってもずっとずっと退屈だ、というほうが素晴らしい。少なくとも互いに殺し合うよりは。

2026/03/09

Kohana

@kohana
エッセイとAuto fiction。 自分の言葉を取り戻すリハビリのために書いています。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。