昼下がりに普段使わないバスに乗った。歯医者の通院日だったのだ。
田舎のバスが混むのは朝と夕方だけだ。その時間帯も乗客の殆どは子供や学生である。田舎の人間は高校を卒業してしばらくすると運転免許を取り、その免許を墓に入る直前まで使い続ける。
移動中はニュース系のPodcastを聴くことが多い。コスパとかタイパにこだわる方ではないけれど、ただ歩いたりバスや電車に乗り降りするのは退屈だ。だから面白そうなコンテンツをまめにダウンロードしている。
その日も歩き出すと同時にイヤホンをつけた。ジャーナリストさんの雑談を聴きながら半ば荒れた果樹園の中の間を抜けてバス停に着き、くるくるとテンポの変わる受け答えに耳を傾けながらバスを待った。田舎のバスは、通学時間以外は30分にに1本あればいいほうだ。
やっとバスが来た。がらがらの席の隅に座り、司会の男性の冗談にマスクの下で声をひそめて笑いながら窓の外を眺めていた。
バス停を3つほど過ぎたとき、無性にイヤホンを外したくなった。コンテンツがつまらないわけではない。ただ、今はこれを聴くときじゃないという気がした。
イヤホンを外すのは面倒だったので、スマホを取り出し一時停止にした。それからごとごとと通り過ぎる風景のほうに改めて眼をやった。
この路線は自分も高校まで使っていた。あの頃は毎日のように眼にしていた、なんの変哲もないコンクリートの塀が続いている。藍鼠色の塀の一部だけが妙に白っぽい。あそこだけ新しくしたんだろうか。黒っぽいところにはあの、聖書の一節が白と黄色の字で書かれた黒い看板が貼られている。他にも古い栄養ドリンクとか、なんとか軟膏とかいうクリームとか、電話番号が大きく書かれた怪しげな貸金業の看板がある。金属のプレートの縁はさびている。あのクリームは売っていないだろうし、あの電話ももう使われてはいないだろうなと思う。ドリンクだけはまだ残っているはずだ。
幽霊のようなしだれ桜が塀の向こうから覗いている。その向こうにあるのは中学の頃、時々文房具を買っていたお店だ。さすがにもうやっていないだろう。そう思った途端、陽に灼けて白くなったポスターでいっぱいのドアが開き、黒茶のダウンジャケットを着た猫背の男性が現れた。まあたらしい、でもレトロな柄の紙袋がなんだかおかしかった。自分が子供の頃からタイムスリップしてきたみたい。次のバス停で降りてあのお店に入ったら、当時さんざん迷ったあげく買うのを諦めたシャーベットカラーのシャープペンがペンが手に入るんじゃないだろうか。
そのほかにも、地震が来たらいっきに潰れそうだけどモダンですてきな木造の二階屋や、廃墟のような家の窓に下がっている南フランス風のカーテン、ガラスの曇った小さな古い温室や、子供の頃ぜったいに行ったことのあるトタン屋根の平屋を見た。たしかあそこでは鶏を飼っていた気がする。学校の見学だったんだろうか。それから熟れすぎてルビー色になった実を一杯につけた柿の木。熊が心配だけどきれいだ。
こんな素敵なものがたくさんあるのに、見ないでただ過ぎてしまうのは勿体ない。でもポッドキャストの続きも気になるし、鞄の中には読みさしの本が入っている。困った。
それでもその日は家に帰るまでイヤホンはつけなかった。たまに気が向いたとき、スマホをしまってイヤホンも外して、身体ひとつでただ歩いてみるのもいいと思った。子供の頃はいつもそうしていたし、その頃は世界に退屈なんてしていなかった。
2026/01/14
Kohana