大雪と入院

kohana
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公開:2026/1/20

10年と少し前、大雪が降ったことがあった。

そのとき自分は入院していた。事故は11月の半ばのみぞれの日だった。厚いニットのカーディガンの上にさらにコートを着込んでいたのが幸いしたのか、ICU入りは免れた。それでも大きな怪我だった。

複数箇所の骨を固定する手術をし、落ち着いたところで転院となった。転移先でのリハビリは順調に進み、退院の日が近づいてきた。病院を出ることを考えると自分は憂鬱になった。入院生活は結構楽しかったし、なにより車の走っている世界に帰るのが嫌だったのだ。この事故ではこちらに落ち度がなかった。横断歩道を渡っていて車に侵入されたのだ。だから、道を歩くことも自動車もトラックも怖かった。「車なんかなくなればいいのに」と思っていた。

そして雪が降った。

入院生活は変化に乏しい。急性期を過ぎた形成外科の患者は大抵元気で退屈している。だから病室は色めき立った。みんなで窓にしがみついて外を眺めた。

信号機は点滅していた。コートを着込んだ人が傘を差して大股に歩いている。車はごくたまに、のろのろと通り過ぎるだけである。後先考えずに自分はうれしくなった。これくらい車が少なければ退院しても大丈夫だ。

しかし、雪は当初の予想を遙かに超えて降りしきった。夜勤の看護師さんは帰れず、交替の看護師さんも病院に来ることができなかった。そんな中、なぜか先生はいつもと同じ時間に朝の回診にやってきた。「スキーで来たのでは」と私たちは噂し合ったが、多分病院に泊まり込んでいたのだと思う。看護師さんたちは総出で雪かきをした。聞いた話だが正面玄関の屋根の一部が雪の重みで壊れたらしい。

このあたりでは自分たちはまだ浮かれていた。大雪は外の世界の他人事だったからだ。しかし、電気系統の設備が壊れたとかでエレベーターが動かなくなった頃から病室の雰囲気は変わっていった。

その病院には透析のための病棟があった。透析は一度でも休めば命に関わる。だから、病院のスタッフさんたちはこの病棟を優先的にケアすることになった。病院食のメニューも変更になり、私たちにも事態の深刻さがわかってきた。やっぱり大雪は大変なことだし、車は走れた方がいい。

その翌日から雪は溶けだした。エレベーターが動きだし、食事も献立表と同じものが出されるようになった。

退院の日は湿った雪が降った。家族に付き添ってもらい、雪を踏んでコンビニに寄り、カップヌードルとお菓子を買って当時借りていた部屋に戻った。病室と比べると部屋はずいぶん小さく見えた。それから普通に道を歩けるようになるまで、1年はかかったと思う。

2026/01/20

Kohana

@kohana
エッセイとAuto fiction。 自分の言葉を取り戻すリハビリのために書いています。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。