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高いところに住めない話

kohana
·
公開:2026/10/4

先月のことである。

友人がマンション選びで悩んでいるというので、一緒に内見に行った。長い雨と曇りのあとの、久しぶりの晴れの日だった。タワマンではなく普通の中古のマンションである。中古でも値段は高そうだが、他に比べれば安いらしい。

マンションか。自分は田舎生まれの田舎育ちで、子供の頃は家は戸建てが普通だと思っていた。団地とかマンションの存在は知っていたし、友達の中には大きな社宅に住んでいた子もいたが、あくまで特別な存在だった。だから町に出ると(市街地に行くことを自分たちはそう言っていた)やたらとビルがあるのが不思議だった。下が店舗のあの建物の中はどうなっているのだろう。住宅やオフィスとして貸し出されていると知ったのは、大人になってからだった。

そんな自分だから、マンションというものは特別中の特別である。担当の人と友達についてエレベーターに乗る。エレベーターもエントランスも自分が以前住んでいたアパートよりずっと立派だ。

最初の部屋はたしか8階だった。実は自分は高い処が苦手である。間違いなく恐怖症といっていいレベルだ。ベランダには出られないし、外付けの非常階段は生死を分けるときにのみ使うのもだし、歩道橋は極力使わずに過ごしている。

でもマンションは窓や壁で外と仕切られている。それに自分が住むわけではない。そう思って油断していた。

油断したままエレベーターを降りると、ちらりと青いものが見えた。空だ。次の瞬間ごうっと風が吹きつけた。

自分は反射的にしゃがみ込んだ。なにもない。いや、なにもないわけではない。エレベーターを降りたところがベランダなのだ。正確にはベランダではないが、とにかく吹きさらしである。一応ネットのようなものが見えるが、落ちれば死ぬ。ここを毎日行き来して生活するのは危険だ。そう思った。しかし、友人と担当の人は平気で部屋に向かっている。自分もへっぴり腰でそれに続いた。

物件は複数見た。残りも6階とか7階とか、とにかく高いところだったと思うが、よく覚えていない。友人は窓を開け、バルコニーの設備を確認し、見晴らしがいいとか気分がいいとか言っていた。自分はインテリアを見るふりをしてどうにか正気を保っていたが、正気じゃないのは友人のほうだろうと考えていた。

物件の内容についてはそんなわけで良く覚えていないが、とにかく友人は満足したようである。

やっぱり地面がないとだめだ。帰りのバスの中で自分は思った。そして田舎の戸建ての我が家に着くと、庭に高々と雑草が茂っていた。次の日は朝から草刈りをした。

2026/10/04

Kohana

@kohana
エッセイとAuto fiction。 自分の言葉を取り戻すリハビリのために書いています。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。