それはいちごではない

kohana
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公開:2025/10/27

庭に生えた謎の木を、思い切って切ることにした。

完全な伐採は難しいが、枝と葉を徹底的に落とすことは可能である。そうすれば実をつけることはなく、熊の被害も心配しなくて済むはずだ。

などと大袈裟に書いているが、実は自分の住んでいるあたりでは熊による被害はまだない。最も最近の目撃は1ヶ月以上前で、それもうっかり人の道を親子が渡ってしまったという程度のものだった。

それでも熊は熊である。人の味を知らなくても、こちらに好意を持っいても、じゃれつかれるだけで入院沙汰になりかねない存在なのだ。遭遇のリスクは少しでも減らした方がいい。

電動の小型のこぎりが動かないので、枝切りばさみだけでいくことにした。しかし不安で眠れない。あの木に近づいた途端、どこからか熊が現れそうな気がする。しかたなくタブレットで動画を流してうとうとしていた。夢を見た。夢の中に母が出てきて、「うるさくて眠れない、いい加減にしなさい」と文句を言った。目を覚ますと空は明るくなっており、バッテリー残量が23%になったタブレットは切り裂きジャックの解説を流していた。

起きようか迷っていると、窓から覗く山肌に朝の光がさっと差した。熊もきっと巣穴に戻る頃だ。

夏の草刈り用の装備を着込み、はさみを構えて外に出た。まずは黄色いアメリカセンダングサを伐ってゆく。これが種をつけると厄介なのだ。かちかちとはさみを動かしながら草地を横切り、あの謎の木の前に出た。

これは柿だろうか。他の木だろうか。もちろん素人が見たってわかるはずがない。いや、それ以前に木は蔓草に覆われていた。それをはさみで刈り取りながらぎょっとした。蔓に赤っぽい、実のようなものがついている。

これはいちごだろうか。秋にいちごなんてなるのだろうか。いちごでないにしても、大きくなって熟せば熊が来るかもしれない。そう考えると居ても立ってもいられなくなり、自分は猛然とはさみを動かしはじめた。伐っては蔓をのけてゆくと、どうにか幹が現れた。まだ若い三本の木が根本から分かれて伸びている。かわいそうな気がしたが、ともかく切れるだけの枝を切って葉を落とした。いちごのような蔓草は徹底的に細かく刻んで庭の隅に積み上げる。これで実が熟すことはないし、実が熟さなければ熊だって他の動物だって来ないはずだ。

草刈りの途中に這い出してきた大きなカマキリとテントウムシを横目に、木とほの赤い実の写真を撮って家に戻った。画像検索によれば木はやはり柿の木で、実はカナムグラというホップの一種らしい。熊が特別好むことはないようである。ちなみに近くに咲いていたいちごの花のようなものは、ハキダメギクというものだった。もうすこし可愛い名前はなかったのか。

とにかくこれで秋の庭仕事は片付いた。あとは冬を待つだけだ。と言いたいところだが、来月には夏のあいだに刈った草の片付けが待っているのだった。

田舎の人間はだいたい草と格闘している。

2025/10/27

Kohana

@kohana
エッセイとAuto fiction。 自分の言葉を取り戻すリハビリのために書いています。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。