長く気になっていることがある。インタビュアーの相槌だ。
最初に変だなと思ったのは、あるPodcastを聴いたときだ。小さな地方紙の、つまりそこそこ真面目な内容のものである。
たしかどこかの、かなり年配の社長さんへのインタビューだった。記者さんはかなり若そうな人なのだが、その相槌がとにかくカジュアルだった。文字に起こすとこんな感じだ。
「へえー」「はあー」「ふえー」「ほえー」「はえー」
聴きながらハラハラした。社長さんが失礼だと怒り出すのではないかと思ったのだ。幸いインタビューは無事終わった。もしかして終わった後で怒ったのだろうか。しかしこのまま配信されるのだから、この相槌は問題ないと判断されたのだろう。
そして気がつくと、こうした相槌は特に珍しくなくなっていた。公共放送さえ、ほえー、はえー、ふえーを連発している。
怒ってるのではないし、クレームを入れたいわけでもないのです。ただ、なぜわざわざこんな相槌を打つのかと不思議なのです。
時間を割いてもらってインタビューをしているのだから、ある程度の敬意を払った相槌が普通だし、自然なんじゃないだろうか。なぜここまでカジュアルにする必要があるんだろう。インタビュアーさんが個性的で、そのキャラクターが売りになっているのならわかるけど、そうではない普通のインタビューなのだ。
こうした相槌で思いつくのはアニメのキャラクターである。自分は周囲の生身の人間の口から聞いたことはない。
日本はアニメやゲームの海外発信に力を入れており、実際に世界で親しまれている。
以前、ギリシャの人から「日本の方ですか、私ジョジョが大好きなんです」と言われたことがある。自分は「最初のと、最近外伝がドラマになったのでそれを‥‥」と遠慮がちに答えた。彼女は日本人の私なんかよりずっとアニメや漫画に詳しかった。
もしかしてこの相槌は、世界にアニメを広めるための手法のひとつではないのか。
いや違うか。
こうしたことはどう確かめればいいんだろうか。下手に訊くとクレーム扱いされてしまいそうだ。自分は確かに違和感があるし、相応しくないと思っているが、やめろと言いたいわけではないのだ。どうしてそんなふうになったのか知りたいだけなのである。
クレームといえば何年か前に、天気予報から宵という言葉が消えた。自分としてはこちらの方が抗議したい案件だったのだが、面倒な奴だと言われるだけなので特に声は上げていない。
個人的には新しくてカジュアルでわかりやすい表現と、古かったりかしこまっていたり、難しくても豊かな表現が共存して、その場に応じて使い分けられる世の中がいい。もっと言えばカジュアルで新しい表現は放っておいてもみんなどんどん使ってゆくので、公共放送などは敢えて古い整った言葉を残してほしいと思うのだが。
2026/08/30
Kohana