日本からパンダがいなくなるそうだ。そうか、と自分は思った。特に寂しいとか悲しいといった気持ちはない。パンダを見たことは人生で一度しかないからだ。しかもかなり前なので、その記憶もおぼろである。今日はその思い出をおぼろなまま書く。
私たちはその日、列を作って元気いっぱい、小さな駅から列車に乗った。保育園の列車旅行で動物園に行くのである。しかも行き先の動物園にはパンダがいるのだ。ナンナンだかは忘れたが(パンダの名前がンで終わって同じ音を繰り返すのはなぜなのか)私たちは列車の中でパンダのことばかり考えていた。
その日は曇天だった。私たちは先生に連れられて順繰りに動物たちを見て回った。覚えているのは首が天にも届きそうなキリンと、冠のようなとさかを頭に乗せた真っ白い鳥だ。南の国の魔法の鳥みたいだと思った。華やかさでいえばクジャクのほうが上だし、しゃべる九官鳥の方がお話に出てきそうなのだが、クジャクと九官鳥は近くのお寺で飼っていたのであまり驚きがなかったのだ。
そしてパンダである。しかし正直に書くとあまり感動しなかった。本物のパンダはぬいぐるみと違ってなんだか薄汚れて見えた。もっともこれは天気のせいだったのかもしれない。しかもお尻をこっちに向けて動かない。これがパンダかあ。それだけだった。それから、パンダの糞が香水になるというのは本当なんだろうかと考えた。
ところで私は当時、ある男の子と仲がよかった。私は痩せぎすでおかっぱの落ち着きのない女の子で、彼は今思えばパンダのような風貌をした、のんびりした性格の男の子だった。見た目も性格も正反対なのに私たちは妙に気が合い、結婚の約束までしていた。その日も当然、手をつないで他の子たちに混じったり少し遅れたりしながら園内を回っていた。
気がつくと私たちは、列からはぐれて灰色の檻の近くにいた。猛獣の檻だった。中には金色の猫のような、美しい動物がいた。豹だったと思う。そしてその前に、なぜか制服姿の男子がふたりいた。どこかの中学生だろうか。ふたりは豹の檻に近づき、殴るような真似をしたり、わめいたりして中の動物を威嚇していた。
私たちは手をつないだまま身体を縮めた。中のあの大きなネコが檻を破ってお兄ちゃんを食べてしまうかもしれない。
私たちに気づいたふたりはこっちを見てにやっと笑った。
「早くお父さんとお母さんのところに行かないと、おまえらも食べられちゃうぞ」
それからお兄ちゃんたちはまたうおーっと吠えた。動物も吠えた。私たちは一目散に逃げ出した。
その後どうにかみんなと落ち合い、先生に叱られ、無事帰りの列車に乗った。駅は迎えに来たみんなのお父さんやお母さんでいっぱいだった。先生と友達に手を振って父の車に乗ると、どっと眠気が襲ってきた。保育園の帰りはいつもその日のことをを話すので忙しい自分だが、この日はさすがにおとなしかった。
「パンダいた?」と母が訊いた。
「いた」時分は答えた。「それからね、ライオンにお兄さんが食べられそうになった」
子供にとってネコ科の猛獣はほぼすべてライオンである。
へえ、とお母さんは笑った。私はそのまま後部座席で寝てしまった。パンダの思い出はずっとつないでいた大好きな子の手の感触と、金色の獣の怒りにかき消されておぼろである。
2026/01/26
Kohana