あなたは本当は○○なんだ問題

kohana
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公開:2025/10/9

自分が一般的にはかわいそうだと思われがちな共働き家庭で育ったことと、にもかかわらず不幸だと感じていなかったことを先日書いた。

しかし、人生はそれほど単純ではない。小学校に入るとだんだん「自分は不幸な子供なんだ」と考えるようになった。いつも周りから、「共働き家庭のかわいそうな子」と見られていたせいだと思う。中には「こんな小さい子を放っておいて働くなんて、あなたのお母さんはどうかしている」とはっきり言う人もいた。学校の先生の中には母親が専業主婦であることを前提に話を進め、そうでない家は「ちゃんとしていない家庭だ」と言い切る人も少なくなかった。今では考えられないが、まあそんな時代だったのである。

自分はその後、中学2年頃から学校を休みがちになった。この時も周囲は共働き家庭だからだと無責任な噂を立てたが、実際にはいじめに遭ったからで、そのいじめのきっかけも、いじめられっ子の女の子と話をしていたからだった。自分は特別いい子ではなかったが、周囲に合わせて嫌いでもない子を無視するという発想がなかったのだ。

せっかく受かった高校も、そのいじめの影響でやめてしまった。ひと月ほど経つと、家に知らないおばさんがやってきた。年齢は母よりずっと上で化粧がすさまじく濃かった。ほぼ能面だ。そして柔軟剤か香水かわからないが、むせかえるような花の香りを全身からはなっていた。その人は挨拶もそこそこにこう言った。

「あなた、学校に行けないのね、なぜかしら」

私は答えた。

「自分でやめたんです。いじめられて嫌になったから」

しかし、そんなこっちの言葉がまったく聞こえていないかのように、その人は一方的にまくし立てた。

「ええ、わかっていますよ、本当は行かなければいけないってわかっているのよね。だけどなぜか朝になると身体が動かなくなってしまうんでしょう。それで行けないのよね。あなたは悪くないし、少しも自分を責めなくていいの。あなたは本当は学校に“行かない”んじゃなくて、“行きたいのに行けない”だけなんだから」

100度書いても足りないが、自分は学校に行きたくないと言っている。いや、それしか言っていない。

そして、その人はパンフレットのようなものを置いて帰っていった。

次に自分は、学校に行かない子供がかよう塾のような処を見学することになった。戦後すぐに建てられた古い木造の住宅に、たくさんの子供が集まってなにか食べたり勉強をしたり寝っ転がって漫画を読んだりしていた。

そこのまとめ役は父と同じくらいの歳の男性で、

「今の学校は異常だ、暴力装置だ。あんなところに行ける人間の方がおかしいのだ、行けない方がまともで正常なんだ、きみもそう思うだろう、そうだろう」

と熱心にまくし立てた。そこでもらった文集には、

「私は学校にいけなくて、自分のことをだめ人間だと思っていたけれど、ここに来てそうではないとわかった。これからはここのために尽くしたいと思う」

というようなことがずらっと書いてあった。

いじめよりこわい、と自分は思った。だからそこは1回しかいかなかった。その後もそこからは「不登校は反体制最後の砦」とか「なんとかデモに参加しよう」といったチラシが送られてきて、さすがに変なんじゃないかというので両親も無理に行けとは言わなくなった。

その後諸事情から普通よりかなり遅くなったが、自分は公立の通信制高校への入学を決めた。願書を取りに行くと、ちょと無愛想な感じの男の先生が、「ここは結構難しいよ」と微笑みながら書類をくれた。そのあと、丸顔の女性の先生から通信制の仕組みについて説明を受けた。どちらの先生も、あなたはこんな風に思ってるはずだとか、ここは素晴らしい処だといったことは言わなかった。

次の春に自分はそこに入学した。

その後も彼氏がいないあなたはかわいそうに違いないとか、結婚していないあなたは本当は寂しいはずだとかいった声は跡を絶たない。

こうした決めつけは一生続くんだろう。そんなときは「それってあなたの感想ですよね」という、あの有名な言葉を心の中で呟くことにしている。

2025/10/09

Kohana

@kohana
エッセイとAuto fiction。 自分の言葉を取り戻すリハビリのために書いています。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。