
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は、ベトナム戦争に従軍した元アメリカ海兵隊員、アレン・ネルソンさんの実体験をもとにした映画。監督は塚本晋也さん。貧困や人種差別から抜け出すために海兵隊へ入隊したネルソンさんは、沖縄での駐留を経て、ベトナムの戦場へ送られる。そこで彼は、敵を殺すことを徹底的に叩き込まれ、人を殺すことへの感覚を失っていく。
戦場から帰還したネルソンさんを待っていたのは、以前の日常ではなかった。戦場の記憶や恐怖に苦しみ、家族との関係も壊れ、社会からも孤立していく。やがて彼は医師との対話などを通して、自分が戦場で何をしたのか、なぜ人を殺したのかという問いに向き合うことになる。
人が傷つけられる場面や、凄惨な表現、PTSDを扱っているということで、映像や音にショックを受けるのではないかと思い、観るには勇気がいった。何度もチケットを取るか迷ったものの、最終的には、いつでも退場できるように、後方の通路側の端の席を選んでチケットを取った。
ベトナム戦争を題材にした映画では、以前にスタンリー・キューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』を観たことがある。こちらも海兵隊員を描いた作品で、ひとりの人間が人を殺すための人間へと変えられていく過程が描かれていた。
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は、実際に人を殺した経験を持つネルソンさんの証言をもとにしていることもあり、他者を殺すこと、傷つけることがより生々しく迫ってきた。観ているのが苦しい場面が何度もあり、最初から最後まで涙が止まらなかった。
特に印象に残っているのは、ネルソンさんが初めて人を銃殺する場面。そのときの彼は淡々としていて、自分が人を殺したという実感さえ持っていないように見えた。けれど、そのときには感じられなかったものが、後になって少しずつ彼を追いかけてくる。戦場で命を奪うことに慣れていく過程と、その経験が戦場を離れた後も消えずに残り続けることの両方が描かれていた。
戦争は、戦場だけでは終わらないのだと思った。戦場から帰ってきても、そこで経験した暴力は日常に入り込んでくる。以前と同じ生活には戻れず、自分自身も変わってしまう。そして、戦場で受けた傷や、そこで身につけた暴力が、また別の場所で別の誰かを傷つけることにもつながっていく。戦争は命を奪うだけではなく、人間の内側を変え、その後の人生にまで影響を及ぼす。
映画の中で、リリー・フランキーさんが演じる人物がネルソンさんの講演を聞き、自分の父の行動を思い出したと語る場面がある。その話を聞いて、私も自分の祖父のことを思い出した。
私の祖父は、怒りという感情をどこかに置いてきてしまったのではないかと思うくらい、とても穏やかな人だった。けれど、戦争については一切語らなかった。夜中によくうなされていたらしい。その話を思い返し、あれは戦争によるPTSDだったのかもしれないと思った。戦争の経験は、必ずしも言葉になって家族に伝えられるわけではない。そのまま、本人の内側に残り続けることもあるのだろうと思った。
戦争を経験した人の言葉を聞くことは、その人自身の苦しみを知るだけでなく、身近な人が語らなかった記憶について考えるきっかけにもなると思った。
作中でネルソンさん自身が話していたが、ネルソンさんは戦争の被害者であると同時に、他者を殺した加害者でもある。誰が戦争を始めたのかという責任の問題とは別に、戦争はたくさんの加害者と被害者を同時に生み出す。被害者が加害者になることもある。
現在の戦争では、ドローンやミサイルによる遠隔攻撃も行われている。画面越しに標的を確認して、ボタンを押すことで人の命が失われる。攻撃する側が、自分の行為によって人が死ぬという実感をより持ちにくくなっていくのではないかと思った。自分が人を殺しているという感覚が薄れることは、殺すことへの抵抗まで薄れさせてしまうのではないか。
ネルソンさんは、日本で数多くの講演を行い、自身の戦争体験を語り続けたと映画内でも紹介されている。彼の言葉を求めて、受け止めようとする人々が、当時の日本にはたくさんいたのだと思う。(講演を実現させるために尽力した人々や団体の存在も大きかったと思う)
しかし同時に、ネルソンさんが日本で眠っているということを知り、複雑な気持ちにもなった。彼の言葉はアメリカ国内で十分に響いたのだろうか。
この映画は、大きな興行収入を見込める作品ではないかもしれない。けれど、映画という形で多くの人が同じものを観て、それぞれの場所で考え、感想を共有できることが良いなと思った。鑑賞後に抱えた感情や考えが、自分ひとりだけのものではないと実感できることが嬉しい。
現在はキノシネマなどでかかっているものの、上映館は限られており、どうしても都市部に集中してしまう。映画を観たいと思っても、住んでいる地域によっては劇場へ足を運ぶこと自体が難しい。戦争について考えるきっかけとなる作品が、都市部だけでなく、地方にも届いてほしい。もともと社会問題や反戦の思想に関心を持つ人が集まりやすい場所だけで上映されていては、届けられる人も限られてしまうのではないかと思う。
自分自身、人を殺したくないし、殺されたくもない。自分の周りにいる大切な人たちにも、そんな経験をしてほしくない。けれど、自分や大切な人の命が脅かされたとき、武器を取らずにいられる自信がない。そもそも人が武器を取らなければならない状況をつくらないことが大切なのだと思う。
そうした状況が訪れてからではなく、今のうちから声を上げていくしかない。戦争に反対すること、暴力を正当化する言葉に疑問を持つこと、誰かを人間として扱わない考え方にNOと表明すること。自分に何ができるのかは分からないけれど、戦争を遠い出来事として捉えるのではなく、目の前で今できることを考えていきたいと思った。