なにかを頑張って疲れたとき、もっと頑張ることで、自分をごまかしてきた。
それはどこかで、自分を癒しても、本当の充足感は得られないと思っていたからだ。
癒しとは逃避のことだと思っていた。
けどここにきて、癒しを肯定的に捉えようとしている心の動きを感じている。
癒しは逃げではないんじゃないか。
いまこう感じるのは、自分の中のすべてを認めてあげたいと思えるようになったからだ。
けど、いきなり自分を癒そうと思っても、どうしたものか。
なにせ、いままでそんなことをしたことがないのだ。
そこまで考えて、すこしはっとした。
もしかしたら、自分の中のすべてを認めることが、自分にとっての癒しかもしれない。
傲慢な自分も、寂しがりやな自分も、正義感の強い自分も、全部、認めてあげれたら。
認めてあげれたら、もっと大きく一歩を踏み出せるかもしれない。
たったひとりでドライブをしようと思う。
すべての自分の声をひとり静かに叫ぼう。