人間讃歌(とは)

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 月経中に身体を支配するエナジーの種類はまあ人によるんだろうけど、わたしの場合は有り体にいうと「殺意」てきなもので、そんなに大袈裟なものじゃないとしても加害性とか暴力性とかそういう感じのものだと思う。気がついたらそうだった、けど小学生のころにもそれがあったかというとそうでもないけど……いや、でも覚えてないだけでそうだったのかも。殺意という感情はあったし。それが月経と結びついていたかどうかの記憶は定かではないけど。当時はいまより何百倍も必死で生活をやっていたから、そのぶんかかえる殺意も大きかったに違いない。

 新卒に限らずかもしれないが、シューカツというものは本当に人間のいろんなものをぜーんぶゴチャゴチャに壊していく。自分はもっと元気でいわゆる「健康」な人間だと思っていた。こんなことで壊れるはずではなかった。これまでそんなことなかったから。そこそこ楽しくやってきたから。

 わたしは三月の時点でいけると思っていた企業(バ先、貴社ですらない、弊社である)に落とされて以降ずっと焦燥感と同時に諦念をおぼえていて、この二つは相反するものだった。つまり「まだNNTの自分はどうなってしまうんだろう」という焦りと、「まだ大学四年になったかならないかの時期なのに内定がないということに焦らなきゃならないのってばかばかしすぎる、のにそれに迎合しなくちゃ奨学金を返せないのだからわたし自身もしょうもないな」という無力感だ。TikTokを見ているとその二つはどんどん加速していく。見ないほうがいい。でも六月時点で内定ない人なんてTikTokにしかいなかった(インスタのリア垢にはいないから)。

 同時に、カネがなかった。アルバイト収入が激減したわけではないが減る月もあり、べつに高価な買い物をしているわけでもない上に実家暮らしなのに収入が支出もといカードの返済に間に合わない。カネがないっていうのはメンタルの不調に直結する状態で、わたしは人生の中でカネがあったことなんてないんだけども(学生のうちに貯金するなんてそんな余裕があるならバイト減らしたいだろと思っていたし、いまも思っている)、とくにないのがシューカツ中、ていうかいまだ。なんでかわからんのだけど。わからないのはなんでかわからないことだ。旅行したとかホストやメン地下にハマったとか(若い女性から金を搾取するための産業に金を払う女性たちに非があるとするおじ政治はほんまにカスです)バッグを買ったとか美容皮膚科に通い始めたとかではないのだが。なぜ。なんならいっときより舞台とかライブとかの数は激減しているのに。まあそれは奨学金を使い込んでたのが親にバレて止められて月収(ではなかったのだが)が半分になったからなんだけど……まあ……それはいいとして。よくなくなってるんだけど、前書いたかもしれんがわたしは親が大学の学費を払わないことを許してないので知らんな〜、おれの借金やし……と思っている。いちお契約不履行なんだけどその契約したほうが悪いかな……みたいな。止めたつって止めなきゃよかったのか?

 本題はこっちじゃなくて月経の話なんだけど、ともかくそういうことが重なって、カネの問題で両親には実家を出ることも反対されており(反対ってなに?)まあやっていけんの的な話なんだけど、家族とかいう謎の共同体イヤイヤ人間としてはさすがにもうこのイエを出たくて、それができなかったらエ〜!? どうする!? という感じなのだが、それが激・抑うつ状態につながっている。

 わたしは上述のとおりかな〜り元気かつ趣味に意欲的な人生を送ってきたため、マジで高校に入ってからは落ち込みと無縁だった。空元気じゃなくてほんとにそうだった。これも前に書いたかもしれないが「考えない」というマインドセットの訓練をみずから積んだからで、だから「落ち込みそうな出来事」自体の存在はあったかもしれないけれどそれを記憶していないのだ。記憶する前に消す作業を繰り返しているから。おかげで中高の記憶そのものが薄ぼんやりとしているが、傷つかない人生を送るというのは本当に楽だ。おかげで人権について考え、社会のためになにかをするためのキャパシティが残る。逆にいうと日常生活の中のすべてにいちいちきちんと落ち込んでいたらデモに行けているだろうか、ちょっと怪しい。

 いま思うと、わたしはつまり素のままで生きていたら傷つきやすいやつなのだろう。自分でいうことじゃないかもしれないけど。傷つきやすさをなんとなく自覚したからそれをブロックするためのマインドセットを設定しはじめて、それになんとな〜く成功していたというだけなのだろう。勉強したわけじゃないし。空元気を習慣化するとそれは本物の元気に限りなく近いものになる。それでよかったのだ。シューカツをするまでは。

 気分が落ち込む、抑うつ状態になるというのはこれまでの耐性がないのも手伝ってかマジですごくて、こんな感情ありましたっけ! といちいちびっくりしてしまう。びっくりしてるだけマシなのかもしれない。泣けば忘れるしね。泣けば忘れるだけいいのか? もしかしたら。死にたくなっても(という表現はまったく現実に即していないのだが、なんといえばいいんだろう)泣いて寝たらなんの話か忘れるし。でも昨年の十月七日以降、その日までそうならなかったということがほんとうに恥ずかしいのだけど、死にたくなったら「生きたくても殺されている人がいるのになあ」と思ってさらに泣く、というパターンが追加された。それは寄付をするとかデモに行くとか署名をシェアするとかでしか緩和されなくて、そんなことをやってもイスラエルによる占領と虐殺は止められずアメリカは金と武器を提供し続け日本はそれに追従しているマジでカスの国家なんだけど、いや、だからこんなことになってるんだよ。日本がこんなカスの国家じゃなかったら落ち込まなくていいが何百万といるだろうが。だから「落ち込まない」期のうちにフェミニズム、人権擁護の視点を学んだことはわたしにとって最高の選択だった。これがなければなにに縋ればいいのか。われわれが苦しんでいることの九割以上は政治のせいだから、それを知らない人生ならばプラス九割が自分のせいだと思って生きていたかもしれない! おそろしすぎる! じっさいにそういう人がたくさんいるのだと思うと、憂鬱である(結局)。でもこの憂鬱は社会活動に昇華できる憂鬱なので、もちろんこれが生まれない社会のほうがいいのだけど、ぜんぜんマシなやつだ。これだけでいいのに、それ以外が発生してるからいまどうしようという感じなわけ。ちなみにわたしのザ・ベストオブ・落ち込みソングを貼っとくからみんな落ち込んだときにちゃんと聞いて泣くのよ。tacicaに出会えただけでハイキュー!! を読んだ甲斐があったというものだわ。できれば朝方のベッドなどでアルバムを通しで聴くとより泣いて終わる。

 そんなふうに抑うつ! という状態を覚えるとそれが最低ラインの感情に設定される。いままでは月経前から月経中の殺意がわたしの中で一番凶悪だったのに、その底が抜けた落ち込みが下に追加されてしまったのだ。そうなるとどうなるかというと、月経時の「殺意」がちょっとマシなものにみえてくるんだね。全員(全員という意味ではない)殺す(殺すという意味ではほぼない)も思っているだけマシ。ぜーんぜん問題ない。むしろ喜ばしい。どんどん抱くべき。そのほうが楽だ。まさかこんなことになるとは夢にも思っていなかったのだけど、なんか月経中のほうが元気かもしれない。身体的にはカスの状態なのだけど。いや〜、どうすっかな〜。元気な状態で設定した「なんとかなるわい」という指針はまだ生きてるので心の底ではそう思っているのだけど、それ以外の電波があるとずれてしまうね。まあ、なんとかなるはずはずなのだけども。いま朝の七時でちょっと寝ようかと思ったけど月経二日目って漏れるから眠れんよね。いや〜カスすぎる。国負担でミレーナ入れさせろやい。ナプキン代も薬代も出せやい。

ザ・ベストオブ・落ち込みソング

https://music.apple.com/jp/album/%E4%BA%BA%E9%96%93%E8%AE%83%E6%AD%8C/1623373999?i=1623374731

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