まえがき
一年の振り返りをあんまりしてこなかった人生だった。いつもてきとうに生きすぎている。記憶力が良くないので、文字にしないとなんでも忘れる。にも関わらずこうして生きてきて、少し、いやかなり後悔している。
紅白歌合戦の合間、ふと思いついて今年行った展覧会を書き出してみた。思いのほかたくさん足を運んだようで、せっかくなので備忘録的に残してみたいと思った。ぜんぶうろ覚えで書いているから何か間違いがあったとか、仔細は許してほしい。画像もあったりなかったりする。だいたい時系列で並べようとしたが前後しているかもしれない。
毒(国立科学博物館)
すごくたくさんの人が行っているらしい! と勢いで行った。ものすごい混雑だった。ものすごかった。活気があった。レプリカも多数あったが、包括的に見られるのは楽しい。
いつか目にしたいと思っていた水銀入りの白粉を見ることができてうれしかった。実際の人形を使って当時のお化粧を再現して当時の灯りと現代の灯りとでの見え方を比較する展示があり、これは大変良かった。当時の灯りで見た人形は艶かしく美人だった。
普段はぬいぐるみの類を買わないのだが、PVでぐいぐいいじくられる姿が可愛かったのとぬいぐるみとしての再現度が素敵だったのでアカハライモリのぬいぐるみを購入した。ときどき愛でている。
酒は毒。良く分かります。
諏訪敦 眼窩裏の火事(府中市立美術館)
現代作家の作品展にはあまり行かない。あまり詳しくない。けれど評判が大変良かったので、恐らく初めてだろうか、行ってみた。非常に良かった。全般、写実的なのにどこか幻想的に思えた。
イカ、頭蓋骨、豆腐などの静物画も良かった。その並びも良く、暗い室内でひとつひとつ見て回る体験が心地良かった。
死後の姿でモデルとした人間をもう一度描く、息を吹き入れるようなそのかたちが興味深く思った。
完成前に亡くなってしまった恋人たちの絵が印象的だった。
ルーヴル美術館展 愛を描く(国立新美術館)
こちらは残念ながらあまり刺さらなかった。最初のクピドの絵と最後の方に飾られた黒髪の女性の絵は良いなと思った。周りに人が多かったのと、そもそもあまりこの辺りの事情に詳しくないからかもしれない。グッズ展開が強いのは良い。
自然という書物 15~19世紀のナチュラルヒストリー&アート展(町田市立国際版画美術館)
これも評判が良くて行った。公園の中なのだが、森というか谷の底に美術館があってまず立地に驚いた。図録を購入できなかったのが本当に悔やまれる。
版画という一点物でないものだから成し得るのか、とにかく展示物が膨大だった。時系列で章立てされていて、頭にキリスト教的な神の手によって作られた自然としての視点から入るのが印象的だった。そもそもこの展覧会のタイトルがキリスト教の自然観を反映したトポスとのこと。その後、蒐集、顕微鏡の獲得、探検などを通して時代が下っていく。
ニコ美やYouTubeの解説も見たが、撮影可の展示物の中に「繋げると(自主規制)の形になる壁紙の版画」を入れておいて現地では一切解説ないの本当に良い性格してらっしゃるなぁと思う。撮影可の展示物はそれほど多くはなかったので、沢山の人のスマホの中に収められているだろう。
なお人の入りはGWにも関わらず、すっかすかだった。やはり立地だろうか……。
小林古径 生誕140年記念 小林古径と速水御舟―画壇を揺るがした二人の天才―(山種美術館)
学生だった頃、教科書か図録かで見た「炎舞」を美しいと思って、どうしてかずっと記憶に残っていた。速水御舟の作品で炎の中で蛾が舞う絵だ。暗い室内で浮かび上がるその絵は実物を見てもやはり美しかった。
墨と青で描かれた花の絵がすごく現代的で素敵だった。
5枚で表現された小林古径の「清姫」も良かった。間近で見てその精緻さが分かった。
写真は「炎舞」をイメージしてレストランで供されていたお菓子。
顕神の夢 -霊性の表現者- 超越的なもののおとずれ(足立市立美術館)
これも評判を聞いて見に行った。良いビジュアルだと思う。精神にクるのを多少覚悟していたが絵自体はそこまでそういうものは多くはなかった。全くなかったわけでもない。どちらかというと解説の「(この絵の作者は)こちらで生きるのは苦しくあちらのほうが生きやすく、早逝してしまった(概略)」という文言や、別の元デザイナーの作家による「こんなものを描いたらもうだめだ」という言葉に鑑賞後もだいぶ考えさせられた。
この展覧会で展示に携わった学芸員の方のギャラリートークに参加できたが、盛況だった。「美術が先にあって宗教がある」という言葉を繰り返していた。
本当に神を見出しているのかいないのか、鑑賞者である我々には分からない。分からないが、そういう視点で再評価してみようという試み自体は面白くはあると思う。
テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ(国立新美術館)
残念ながらあまり刺さらなかった。海の絵は好きだなと思った。現代のネオンカラーのボックスの展示や光の展示も。
東洋の医・健・美(東洋文庫ミュージアム)
東洋の医学についての書物の展示。構成としては時系列に下っていく形。「解体新書」を見に行ったのだが、他にも人体解剖において著名な書物が多数展示されていた。画像はめくって遊べる絵本的な構造になっている「小宇宙鑑」という書物。
そこそこの量が展示されていたが、基本的に一冊につき見開き2Pしか見ることができないのが辛い。展示されているのが本なので当たり前ではあるが。
野又 穫 Continuum 想像の語彙(東京オペラシティアートギャラリー)
あり得ないがたまらなくかっこいい建造物。ほぼすべての展示物に人間は描かれていない。そもそもどうやって作ったのかまるで想像できない。でも惹かれる。
かなり盛況だったが、広々とした展示室でじっくりたっぷり見ることができて最高だった。
どれも好みだったがあえて一番をあげるならこちら。「Ghost」という題の作品。燻る煙や十字架のような建造物が中央の塔に群生しているかのような姿がかっこいい。汚れているが穢れておらず冷たく恐ろしいようででもそうでないかもしれないその塩梅。素敵だ。
Salomé -Passion~ 考察・現代作家によるサロメの愛と死~(Bunkamura Gallery 8)
小規模のギャラリーの展示。
ポスターにもなっている三浦悦子 「さくら色の戦車」が特に素敵だった。人形の頭部にはさくら色の銃が乗っていて、画面外左側にはおもちゃの兵隊がこの戦車を引っ張っている。きっと戦車に乗っているのはサロメの恋心なのだろう。
虫めづる日本の人々(サントリー美術館)
蛙かわいい〜!(ポスター上段左端)
版画家たちの世界旅行―古代エジプトから近未来都市まで(町田市立国際版画美術館)
これで覗くと立体的に見える! まるで実際に行ったみたいに! という版画。
コロナ禍で外出制限がなされていたときの展示のリメイクだそう。
ナポレオンが作らせた「エジプト誌」は思っていた以上に大きく、権威という文字が頭に浮かんだ。
ローマの建築物の版画で「実際はそうではないが建物をより強調するために人間は小さく描く」という解説があり、少し前の野又護さんの作品を思い出していた。
大正・昭和初期の東京風景 織田一磨を中心に(町田市立国際版画美術館)
川瀬巴水、みんな好きですよね。私も好きです。
織田一磨による東京の戦前・戦後を描いた版画がメイン。静かで写実的な印象の戦前の版画からどこか明るく大らかな筆致の戦後の版画への作風の違いが印象的。
楽しい隠遁生活 ―文人たちのマインドフルネス(泉屋博古館東京)
みんな隠居したいか〜! 私は隠居したい! 都会のド真ん中という立地の美術館なので、無粋ながら需要と実現性について思いを馳せてしまった。
ポスターが大変良い。このタイトルと展示物からこの緑とピンクを選択するのが今風な感じがする。
根付とか茶器とかあって楽しかった。
畠中光享コレクション 恋し、こがれたインドの染織-世界にはばたいた布たち(大倉集古館)
ほとんど何も調べず泉屋博古館から徒歩圏内ということで行って、なんだこの建物は…と呆気にとられた。中に入っていきなり仏像と対面したところまで空いた口が塞がらなかった。お寺か何かかと思った。
展示も、これ布なんですよね…? という大きさと繊細さですごかった。
ヨーロッパでものすごい珍重された後にプリントに負けたり、なかなかな歴史があるようだった。
常設展(大原美術館)
岡山旅行その1。ロダン野晒し……。
倉敷の観光案内所にて、何も調べずに来たので何もわからない、どこを見れば良いとかおすすめとかありますか? と聞いたところ、ここが倉敷で一番有名です、と言われたので行ってみた。
入ってみれば相当の質と量だったが入館料が観光地価格でかなり躊躇した。東京でも常設展2000円はまだお目にかかったことはないぞ……。
エル・グレコの「受胎告知」を間近で独り占めで見ることができて大層幸せだった。
工芸館では民藝運動ゆかりの作家の作品も並べられていて、このために建物を作ったそう。居心地が良かった。
チョコレートの王国(BIZEN中南米美術館)
岡山旅行その2。
こちら、予約必須で館長さんの案内付きと聞いていたがなんとこの日に限ってご不在。行くと決めたのがギリギリすぎて予約の電話ができず名物カキオコだけでも食べられればという気持ちで日生まで来たので、まぁ、良かったのかもしれない。
今回の展示の解説はペッカリーJくん! キャラクターデザインは古海鐘一先生! 立ち絵には表情差分も! あります!
ゆるい。かわいい。
南米の知識はほとんどなかったが楽しかった。ちなみに全て撮影可。
たぶんミクトランやってたらもっと楽しめた。
やまと絵-受け継がれる王朝の美-(東京国立博物館)
厳島神社の「平家納経」を目当てに。見られはしたが一番見たかった軸が展示されておらず悲しかった。この質と量ではしょうがないかもしれない。
ものすごい混雑だった。
羽黒鏡―霊山に奉納された和鏡の美(東京国立博物館)
やまと絵展と関連した展示をとのことでやまと絵展のすぐ横でひっそりやっていたのだが、個人的にはこちらのほうがかなり楽しかった。
平安時代に奉納として池に投げ込まれた鏡の展示で、沈んでいたから真っ黒なのだが、中国のものを模した花・鳥・蝶という図案が日本で身近に見られるものに代わり独自の発展を遂げていく姿が見て取れた。
これらの鏡の原型と思われるものは本館に展示してあります! と書いてあって、さすがトーハクだなぁと思った。もちろん本館を回るついでに見たし戻ったあとに羽黒鏡の展示をもう一回見た。
new born 荒井良二 いつも しらないところへ たびするきぶんだった(千葉市美術館)
すごい良かった。何も知らずに行ったのだがものすごい良かった。
「きょうはそらにまるいつき」の絵本が特に好きで、最後の文に、こんな祝福の言葉があるのかと感動してしまった。
展示自体も大変良く、途中で本人が今回の展示をするにあたってどう試行錯誤をしてきたかが分かるものがあったのだが、非常にこだわられたのだなと思った。
絵もカラフルで好きだ。
あとがき
この記事を書くために画像フォルダを遡っていたら、忘れていたものが2つ3つ出てきて己の記憶力のなさに愕然とした。そして本当に、2023年はよく展覧会に行ったようだった。今回挙げたものは全部で19個。並列して展示されていたのもあるのでなんとも言えないが、月に1〜2回は行った計算になる。
それでも行きそびれた展示も数多くあった。応為も見たかったし棟方志功も見たかった。怠惰な自分も悪いが怠惰であることで身体の回復をしている面もあるので、己のHPを上げる必要を感じる。いや生活習慣の見直しもか。
展示を見に行くのは、少なくとも今年は、私にとってはほとんど現実逃避と言ってよかった。映画と同じだ。そこに行きさえすれば体験できる、触れられる、少しでもものを理解することができる。それは世界に己を馴染ませるようなもので、決して積極的なものではなかったと思う。とにかく疲れていて現実のことを考えたくなかった。それでいて前向きに何かすることもできなかった。これ見てみたい、あれ見てみたい。子供みたいな欲に忠実に動いただけだった。
それが集まってこうして、何か己の輪郭のようなものが見て取れる記事になるのが不思議だ。特別何もしていないのに、何かしたような気がする。いや現実に足を運んでいるのだが。ちょっと褒めたい、褒めてもいい気分、のような。楽しかったね、良かったねって自分に向かって言ってもいいような。
なんだかうまくしまらない。
ともかく、楽しかった。今年もまた色々と見に行けるといいと思う。