こんにちは! 小雨です。
のえすきーのアドベントカレンダー企画、何しようか迷った末に、わたしが読んで特に好きだった本の良かったところを書いて紹介することにしました!
というわけでさっそく始めましょう!
全部じゃなくても興味を惹かれたタイトルの紹介だけでも読んでいただければ嬉しいです。
目次
アルプスの少女ハイジ(ヨハンナ・シュピリ)
Metro 2033(ドミトリー・グルホフスキー)
Fiasko - 大失敗(スタニスワフ・レム)
寄宿生テルレスの混乱(ムージル)
饗宴(プラトン)
悪霊(ドストエフスキー)
1. アルプスの少女ハイジ(ヨハンナ・シュピリ作、遠山明子訳)
私は光文社古典新訳文庫の訳で読みました。ハイジのことはほとんど何も知らず、最近になって初めて触れたのですが、とても良い作品だったので紹介を書きました。
あらすじはまぁみんな知ってるだろうと思うので割愛!
まず、アルプスの自然の描写がすごく綺麗!
私、児童書に出てくる植物の描写大好きマンなのですが、ハイジは特に魅力的な書き方だなと感じました! 『秘密の花園』の花や草の描写もすきなので迷ったのですが、個人的にはハイジのほうが好きかなぁ。
朝焼けや夕焼けで燃えるようにバラ色に輝くアルムの山々も、おじいさんの小屋のまえでざわざわと揺れる樅の木も、アルプスの金色に輝くロックローズや青色のカンパニュラも、私は見たことないけど、書き方がなんとも素敵なので、ハイジが愛するそういった景色を見てみたいなぁという気持ちにさせてもらえます。
解説が丁寧なところも好きです。山羊の名前は日本語ではなくドイツ語のままで訳されてますが、たとえばシュヴェンリならこんな解説があります。
「白鳥ちゃん」の意。「白鳥」にあたるドイツ語「シュヴァーン」の変形。末尾の「リ」は小さいもの、かわいいものにつけるスイスドイツ語特有の縮小語尾。(p.51)
ちなみにユキちゃんは「シュネーヘップリ」で、舞い散る小雪って意味らしいです。ユキちゃんも響きかわいいけど舞い散る小雪のイメージも素敵ですね。
新約聖書のなかでは私も「放蕩息子のたとえ話」が好きなのですが(「善きサマリア人のたとえ」もよい)、ハイジがクララのおばあさんにもらった絵本をみせて、そのエピソードを語っておじいさんを諭すシーンが私はとても好きでした。
あと、妻の忘れ形見だった大切な娘を失ったクララのお医者さんとハイジがアルムの山で話すところもすごく胸に沁みます。
「なあ、ハイジ、目に大きな影が射しているせいで、周りの美しいものを全然感じ取れない人がここにいるとしたらどうだろう? そんな人は、周りが美しいとよけい悲しくなるんじゃないかな? どう思う? わたしが何をいいたいかわかるかい?」(p.401)
アルムの美しい風景、荘厳な山々を見てそういうお医者さんにハイジは「そういうときはおばあちゃんの歌を読めばいい」といって、その歌詞を声に出して歌ってくれるんです(ちなみにこれはキリスト教の賛美歌です)
ハイジはふいに口をつぐんだ。お医者さんがまだ歌を聴いているかどうか、心もとなかったからだ。お医者さんは片手で両目をおおって、そこにじっとすわっていた。もしかして居眠りをしているのかもしれない、とハイジは思った。目を覚まして歌の続きを聴きたいと思ったら、そういうだろう。あたりはしんとしている。
お医者さんは黙っていた。けれども眠っていたわけではなかった。過ぎ去りしはるか昔に引きもどされていたのだ。
お医者さんはまだ小さい子どもで、愛する母がすわっている肘掛け椅子の横に立っていた。母は片腕を息子の首に回して歌を読んでくれていた。まさしく今ハイジが口ずさんでいる歌を。その歌をお医者さんはもう長いこと耳にしていなかった。お医者さんの耳に、なつかしい母の声が聞こえた。母が愛情たっぷりに見つめてくれているのを感じた。
歌が終わると、母は優しく語りかけてきた。聞いていて心地のよい声。その声に耳を傾けながら、お医者さんは昔のことをいろいろ思いだしていた。そうして長い間ただそこにすわっていた。両手に顔を埋めて、黙ったまま、身じろぎもせずに。(p.404-6)
ここの文章すごく好きで……説明するより読んでもらったほうが良さがわかるだろうということで引用しました。
他のシーンもそうなんですけど、基本的に何を考えているのか具体的にはっきり示されるのはハイジだけで、他のキャラはそのときした仕草とか行動、その時目に入っているものの描写だけなんですよね。でも、ただ動作を書くだけ、何を見ているのか書くだけでも、その人が何を感じているのか、どういう気持ちなのかって、読んでいる方にはよく伝わりますよね!
クララのおばあさんに教え導かれ、神の愛をひたむきに信じるハイジが周りの悩み苦しんでいる大人を神の愛のもとにもう一度連れ戻してくれるくれるところとか、病身のクララがアルムの山で徐々に元気を取り戻すところとか、愛と再生がメインのお話って感じなので、疲れている大人も読むと心にジンと来るものがあるのではないかと思いますね。とてもすきでした!
あと、この紹介でも名前出してますが、『秘密の花園』はかなり近い雰囲気の作品で、こちらもよい作品なのでおすすめです。こっちは親からまったく放って置かれて育ったせいで孤独で性格もひねくれてしまった少女が自然のなかで少しずつ人間として成長し、友達と一緒に放棄された庭を再生することで自分自身や関わった人間も生まれ変わっていく話って感じかな。クララとコリンの立ち位置や健康面での変化も考えるとやっぱりかなり似てると思う。
メアリたちが少しずつととのえて美しくなっていく庭、メアリの前に広がるムーアの草花や動物たちの姿が活き活きとしていてとてもすてきですね。
2. Metro 2033 (ドミトリー・グルコフスキー作、小賀明子訳)
核戦争後のモスクワメトロが舞台の、ポストアポカリプスの冒険物語です。
世界は核戦争で大変なことになり、地上は到底人類の住める世界ではなくなってしまいました。人々はモスクワメトロの地下鉄の世界で暮らし、ほそぼそと命を繋いでいます。もっとも、もう電車は動いていませんが。
主人公の少年アルチョムが暮らす「博覧会駅」は、モスクワメトロの「都市」の一つです。人々は駅ごとに集まって小さな独自のコミュニティを作り出し、「博覧会駅」は特産の「キノコ茶」を自由商人に売って周辺の駅に輸出することで比較的豊かな生活を送ることができています。
(なので、ぷーやんさんがキノコ茶の話をするたびに「アルチョムがいつも飲んでるやつだ!」とこっそり思ってました)
ちなみにこの世界ではもう本当のお茶っ葉は作れないので、茶葉を使ったお茶はとても貴重な品となっています。(メトロには当然日光が存在しないのでキノコやネズミ、滅んだ初期の地上からなんとか確保した豚などを飼育して食べています。地上の生き物は放射能でもはや元の性質を保っていません…)
博覧会駅では、ここ数年になって<黒き者(チョルヌィ)>と人々が呼ぶ黒い化け物がトンネルの奥から侵入するようになってきました。この黒き者たちはおそらく隣の植物園駅の地上から侵入してきていて、その原因を作ったのは数年前のアルチョムと友人たちです。地上に出て化け物と命がけで戦い、薪やビタミン剤など貴重で有用な資源を取って戻ってくる「ストーカー」と呼ばれる人たちにあこがれて、アルチョムたちはこっそり夜の地上に出たのですが、その際に化け物におびえて密閉門を開け放したまま逃げ帰ってしまったのです。黒き者は、そこから入ってきているようでした。
アルチョムの義父の元を訪れたハンターという男は、アルチョムからそれを聞き出したあとその場所に向かうことになりました。ハンターは「もし俺が戻ってこなかったときは、お前は何がなんでも地下都市(ポリス)に行け」と言い残して去っていきます。
そして案の定戻ってこなかったハンターとの約束を果たすため、アルチョムのポリスを目指す長い旅が始まるのでした。
駅と駅をつなぐトンネルの暗闇の描写が本当に気味が悪くて、それが本当に良いなぁと感じます。ホラー小説でも、「闇」そのものがこんなに不気味に描かれてる作品って私は知らないです。
しかしMetro 2033の一番の魅力は、駅を軸にした非常に独特な世界観だと思います!
まず目立つのは環状線の駅を中心にしたハンザ同盟! 各駅に多くの支線が連なっているため、商業路の結び目でもあり、メトロの各路線から集まってくる商人たちの合流場所でもあるので、ハンザの駅は賑わっていて豊かな場所が多いですね。
そしてハンザ同盟を構成する環状線を真っ二つに横切るように走っている<赤い>路線もなかなか強烈です。説明しづらいのでアルチョムパパのセリフを引用しましょう。
「ソコリニキ線は、昔から路線図を見たらすぐに目を引く路線だった、まず第一に、メトロ網を斜めに貫くように走っている。そして、真っ赤な色で記されているということにも意味がある。駅名をみてごらん。<クラスノセリスカヤ(赤い村)><クラスヌィエ・ヴォロータ(赤い門)><コムスモールスカヤ(共産主義青年同盟)>それから、<レーニン図書館>に、<レーニンが丘>だ。この駅名のせいか、共産主義の象徴たる赤い色のせいか、もしかしたら他に理由があるのかわからないが、この路線には、過去の栄えある社会主義時代を懐かしがる人たちが常に引き寄せられるように集まってくるんだよ」(P.27)
メトロ全土に共産主義を復活させ革命の炎を広げようとする<赤>陣営と、ハンザ同盟を中心とする反共産主義の人々の間で戦争があり、一応作中時間では革命軍と連合軍は停戦状態にあるのですが、その影響は今でもメトロ全体に色濃く残っています。
その他にもいろんな駅があって(ねずみで賭けレースしてるとことか、すでに原因不明の殺戮があって滅んだ幽霊みたいな駅とか、やばい信仰してる宗教集団のアジトとか、なんかほんとに色んな場所がある)、アルチョムはハンターとの約束を守るために命懸けでポリスを目指して旅をすることになるのです! もちろん、赤の駅にも好かれ悪かれ立ち入ることに……。
アルチョムの冒険はどうなるのか!? メトロはチョルヌィに滅ぼされ、人類は地上の新人類に取って代わられるのか!? 続きはwebで!はなく、本で確かめてね!
(しかし、もともとはweb連載の作品だったそうです。人気が出て書籍化)
ちなみに、地上や地下深くから化け物が襲ってくることに加えて、このように人間同士の争いも絶えない世界なので、彼らはモノを売り買いするときに、貨幣の代わりに銃弾で支払います! 面白い設定だな〜と思って、私はそれがすごく好き!
私は初めて読んだとき、このメトロの世界ってFediverseのそれに似てるな!って思ってました。Xとかインスタとかfacebookとか、他のSNSと比べるとかなり小さな世界の中で、人々が集まって共同体を作って、独自の文化や絵文字を生み出してて、時には一部の人が所属コミュニティから抜けて隣に移動したり、新しい集団を作ったり、文化を分け合ったり、あのサーバーでこんなことがあったよって噂をしたりとか。Fediverseに戦争はないですけどね。
あと、このMetroシリーズを原作としたゲームもあります!現状で確か3作出てるんじゃなかったかな?
もともとはPS360世代のゲームですが、Metro ReduxというタイトルでPS4や箱1でもリマスターが出ています。この前買ったんですがまだ未プレイです。
開発はS.T.A.L.K.E.R.のゲームなども出しているとこなのですが、ウクライナのゲーム会社なので今いろいろ大変そうです……今開発中のストーカーの新作を買って応援したいですね!
3. Fiasko - 大失敗(スタニスワフ・レム作、久山宏一訳)
スタニスワフ・レム作のSF長編小説です。『宇宙飛行士ピルクス物語』の関連作品。
レムの作品の中ではファーストコンタクト三部作の『ソラリス(ソラリスの陽のもとに)』が一番有名だと思いますが(2回映画化しています)私はこれが一番好きでした。
『ソラリス』(沼津充義訳、早川書房)の作品解説の中でこのような文章がありました。
SF、とくにアメリカのSFといえば、膨大な量の作品があり、地球外生物とのコンタクトがどのようなものになり得るか、さまざまな想定をしているが、そこにはすでに三つのステレオタイプができあがっている。ごく簡単に言えば、こんなふうにまとめられるだろう。「意思疎通がある場合、人間が彼らを征服する場合、彼らが人間を征服する場合」である。どういうことかといえば、私たちが宇宙の理性的生物と平和な協力関係を築くか、あるいは逆に、こんなことも大いにあり得るわけだが、争いになり、星間戦争にまで発展してしまい、その結果、地球人が彼らに勝つか、彼らが地球人に勝つかということになる。そういう三つのケースに集約できるということだ。
沼津先生のこの文章を読んでからSF映画などを見ていると、たしかに本当にこの三つのパターンばかりなんですよね。
しかし、『ソラリス』『インヴィンシブル(砂漠の惑星)』『大失敗』はどれも、このパターンからは外れているな〜という感想です。
レムみたいに、何一つ理解できない存在としての地球外生命体を描いてる人って私は他に知らないかも!って感じです。そしてその描写が私はすごく好きです。
その中でも『大失敗』は特に印象的なシーンが多くて私はすごく面白いと思いました。
一章の衛星タイタンに広がる「墓場」と呼ばれる悪夢的な風景や幻想的なバーナムの森の風景とか好きです。ここはディグレイターと呼ばれる巨大な掘削用二足歩行ロボットに乗って進むので、ガンダムとか好きな人は読んでて楽しいかも!
こちらの作品で重要な概念の一つに「接触の窓」というものがあります。文明の成熟段階によって、人類が接触を図れる時期は限られているという考えですね。本文の中の説明によると、「相互理解としての接触に捧げられる時間は、悲観的に見積もって地球での千年、楽観的に見積もって千八百~二千五百年である。窓の外では、未熟文明にとっても過熟文明にとっても沈黙が支配する。前者は連絡をとる力に欠け、後者は外殻を閉じてし まうか、光より速い速度で交信する集団を構成する。」(p.119)、ということです。
その「接触の窓」のうちにある異文明との接触を目指してハルピュイア星群にあるクウィンタ星に向かうんですが、人間側が考えた想定通りには何一つうまく行かなくて、どんどん悪い方向に進んでいって、最後には……。というおはなし。(すいません、他の紹介書いてたら疲れちゃったので大好きな本なのにちょっと雑な説明になってます…後日書き直すかも…)
キーになるのは多分作中に登場するロージャーのこの言葉かな。
「閃光、発信の無秩序化、クウィンタ星の反射能の変化、月の上のプラズマ。これらはどこから来たのだろう? 文明の活動からだ。これで何かが明らかになるか? 逆だ。不明になる――私たちは暗黙のうちに、クウィンタ星人の活動を理解できると前提してしまったからだ。思い起こせば、かつて、地球と比べると火星は老いぼれで、金星は若造だと考えられていた。つまり私たち天文学者の曾祖父たちは、意識のうちに、地球は火星や金星と同じだ、ただし前者より若く後者より老いて いる、と前提したわけだ。そこから火星の運河、金星の野生ジャングル、その他諸々が言われるようになり、結局すべてはお伽噺の仲間につけ加えられて終わった。私は、理性ほど非理性的にふるまうことができるものはない、と考えている。クウィンタ星では理性というか理性集団が活動しているのかもしれないが、その意図が異質なため私たちには捉えられない……」(p.174)
人間には到底理解できない存在としての地球外生命体は不気味だけど、唯一無二ですごく素敵ですね。
私はホラーも好きなんですけど、怖いものって理解できないから怖いんですよね。種明かしされるとなんかもう怖くない。行動や存在に理由が見えると、心の中で分類して整理できて、心の中の棚にしまって忘れられるからかな、って私は思います。
でも、わからないものは心の棚の中にはしまえなくて、いつまでも異質なものとして手元に残り続けて、それが不快で不気味、怖いという感情につながる気がする。
レムの考える異星の知性を持つ存在は、私にその気持ちをくれるから、すごく好きだなあと思うんです。
レムの作品は、レムが設定した架空の環境・状況・地形や歴史などを非常に細かくシミュレートして、その結果を見ているような印象をわたしは持ってます。そしてその解像度がめちゃめちゃ高いので読んでるだけで違う世界を垣間見てるような気持ちになれて楽しいです。
代わりに人間の描写は淡白で、『ソラリス』以外はキャラクターの内面を深く書いた作品は…ない気がするな…という感じです。そのキャラクターが存在する世界、設定された問題の変遷過程や描写がメインで、人間はそのために置かれているだけの舞台装置の一つというか、そんな印象です。
こぼればなし
『ソラリス』でヒロインがドアを開く方向と逆に引いてドアを破壊するシーンがあるんですが、『主の変容病院』という作品の中でも手術のときに気分が悪くなって部屋から出ようとするのに、逆方向にドアを引いているせいで開かなくて必死にガチャガチャしてる女性が出てくるんですよね。作者の実体験なのかな…?と思ったりしました。特に後者。
長編読むのはしんどいけどレムには興味あるかも!って方には国書刊行会から出てる「短編ベスト10」か、泰平ヨンシリーズがおすすめです!
「短編ベスト10」には「ムルダス王のお伽話」「テルミヌス」など私の好きな短編が入ってるので!
「泰平ヨンの航星日記」は基本的にコミカルで連作短編の形なので、ハードなおはなしを読む元気がなくても楽しく読めるし、泰平ヨンがたどりつく奇妙な星の描写がとっても面白いです。形態が人間だから肺呼吸なのに、魚になるために水の中で暮らすことを強いられていて住民が常にゴボゴボ言ってる星の話とかめっちゃ面白かった。みんなリウマチに苦しんでるし。
キノの旅が好きな人なら気に入るかもしれない? でも、なんか日本語訳は誤字脱字とか多いので……とりあえずまず図書館で借りるのをおすすめします。
『泰平ヨンの未来学会議』は長編ではありますが文庫でかなり薄い本なのでこちらも読みやすいです。未来学会議といいつつ、中身は様々な化学物質漬けになったドラッグ中毒の未来の話ですね。途中まではコミカルなんだけど、最後の方に明かされる衝撃の事実のあたりで私は読んでて絶句しました。きらびやかな幻想の向こうにあるもの、こわい。ちなみにこちらも映画化してるみたいです。コングレス未来学会議だったかな、タイトル。
『宇宙飛行士ピルクス物語』も、実際に宇宙船を操縦して星から星に荷物を運んでいく職業についてる人がいたら、こういうアクシデントや不可思議な出来事に遭遇することがありそうだなぁと感じるリアルな雰囲気がとても素敵だし、こちらも短編メインなのでおすすめです。あとピルクスが有能でカッコいい。(ベスト10に入ってる「テルミヌス」は元々こちらの短編なのです)
ちなみにレムの作品の中では『インヴィンシブル(砂漠の惑星)』がゲーム化の予定があり現在開発中みたいです!たのしみですね!
4. 寄宿生テルレスの混乱
主人公のテルレスは寄宿学校に通う男の子です。友達はライティングとバイネベルク。
ある日、テルレスはライティングから「おもちゃ箱の泥棒を捕まえた」と告げられます。おもちゃ箱というのは、学校の生徒が自分の私物を保管している箱で、先週バイネベルクがそこに入れていたお金を盗まれていました。また、テルレスたちの寄宿学校にはバジーニという美少年がいて、しょっちゅういろんな人からお金を借りては返せなくなっているのですが、ライティングも彼にお金を貸した一人でした。バジーニとの金に関するやりとりのなかで、バイネベルクの金を盗んだのがバジーニだと気づいたんですね。
ライティングはいいます。
「おれはなにも言わなかったのに、バジーニのやつ――ずっと黙ってることに疲れて泣きはじめて、許してくれと頼んだ。ぼく、どうしても必要だったから、取っただけなんだよ。ライティングに気づかれてなかったら、すぐに戻してたから、誰にも知られなかったと思う。だから、盗んだなんて言わないでほしい。こっそり借りただけなんだよ……。
泣いて、それ以上はしゃべれなかった。しかしそれからまた、しつこく頼みはじめた。「ライティングの言うこと聞くからさ。望むことならなんでもするよ。ただ、誰にも話さないでほしいんだ」。そうしてくれるのなら、本当におれの奴隷になってもいいと言いだした。目には、ずる賢さと、 むさぼるような不安とが混じってよじれていたので、ムカついた。だから、「どうするか、じっくり考えることにする」としか約束しなかった。「これは、なんといってもバイネベルクの問題なんだから」と言って。さて、バジーニのやつをどうしたらいいと思う?」(p.94)
こういうふうに、ライティングのサディスティックな好奇心が、思春期の性への興味と絡みながらバジーニへのいじめへと向かっていって……みたいな感じの話です。この時点でもう刺さる人には刺さりそう。
この作品はなかなかどう紹介していいのかわからないのですが、作品の本質的な部分はやはり冒頭のメーテルリンクの引用にギュッと詰まっている気がします。
「なにかを言葉にしてしゃべると、奇妙なことに、たちまちそれは価値をさげてしまう。深い底までもぐったと思っても、水面に戻ってみると、青ざめた指先にくっついているしずくは、もう海の水には見えない。すばらしい宝の鉱脈を発見したと思っても、坑道から外に出てみると、もち帰ったのは、ただの石やガラスの破片にすぎない。にもかかわらず、闇の中で宝はあいかわらず輝いている。」(p.8)
思春期の男の子の心の奥底にある、そういう言葉に出来ないもの、言葉にしたら色褪せて本質を失うもの、そういうものが作品の中心にあって、主人公のテルレスはそれを捕まえようとやっきになってずっともがいている、という印象でした。
読み終わった時に「私は今までずっとこういうBLが読みたかったんだなあ……」ってしみじみと思った記憶が残っています。私の中で理想のBLの頂点に据えてます。
とはいえ、バジーニとテルレスの間にあったものが恋愛なのかどうかは謎ですが……それを言葉にして表現することはきっとできないのでしょうね。そのへんも含めて理想的なんですよね。
5. 饗宴(プラトン作、中澤務訳)
プラトン作の哲学の本です!
アガトンという才能ある若者が最初の悲劇作品を上演して、優勝したので、お祝いの席を設けたのですが、そこでソクラテスたちはお酒を酌み交わしながら愛の神であるエロースに対する賛美をそれぞれ捧げることになりました。
という感じなので、お酒の席で、参加者みんなで代わる代わる恋の話をするわけです。
しかも途中でアルキビアデスというソクラテスの元恋人(アルキビアデスの少年時代に彼らはプラトニックな恋愛関係にありました、古代ギリシアだと成人男性と少年が恋愛関係になるのはごく普通のことでした)が酔っ払いながら乱入してきたりして、お話としても楽しい対話篇になっております!
古代ギリシアの恋愛観、神と人間の関係、特に少年愛(パイデラスティア)に関する独自の風習などが今を生きる日本人からすると異世界の話みたいで、いろいろと面白いです。でも、こういうふうに考えて生きるのが当たり前だった人たちが確かに昔生きて生活していたんですよね。今ある常識は必ずしも普遍的に通じるものじゃないんだなあとか考えたりしますね。
わたしが初めて読んだ哲学の本なので、想い出が深いですね。
6. 悪霊(ドストエフスキー作、江川卓訳)
新約聖書にある豚についた悪霊のエピソードを知っていると更に良いかも!
実在の事件「ネチャーエフ事件」がモチーフになっているそうです。
かなり複雑な話で、ぶっちゃけ時間と気力がないのでストーリーの大まかな紹介は省きます(怠惰)
ドストエフスキーの小説は毎回そうですが、登場人物が非常に個性的です。この小説の場合はスタヴローギンの周りに集まってる青年たちがなんか色々やばくて好きです。
みんな一見普通だけど、巧みな話術で大変巧妙に周囲の人間を操っていたり、のちのちスタヴローギンを狂信的に崇めていることがわかったり、スタヴローギン自身が得体の知れない、何を考えているのかわからない人だったり、最初に抱いた印象とは別の内面がスタヴローギンとの関係を軸に明かされたりして、そのへんも読んでて面白かった。
ピョートル、スタヴローギン、キリーロフあたりが人気キャラだと思います、私は特にキリーロフが好きだった。穏やかでだいたいいつもお茶を勧めてくれるところかわいい。
そんなキリーロフも自殺についてかなり激しい思想と持論を持っていて、ラストあたりでその点絡みでピョートルとキリーロフが対峙するシーンはもうなんかいろいろとすごくて……ふつうのホラー小説読んでるよりずっと怖かったですね。ネタバレになるので詳しくかけません! この恐怖は君の目で確かめてくれ!(古のフレーズ)
あと、ステパン先生とワルワーラ夫人の関係もとてもよくて、私は最後の方読んでて泣いちゃった記憶あります。あの二人好きですね……。
ちなみにドストエフスキーの翻訳は光文社の亀山訳はいろいろ言われてるみたいなので、そのへんを調べてから買ったほうがいいかもしれない。私そういうの知らずに一回光文社の訳で読もうとしたけど、純粋に読みづらくて、新潮文庫の訳に変えました。これも一回図書館でどの訳が自分にとって読みやすいか確かめたほうがいい気がしますね。
もっといろいろ書きたかったんですが、体調が常に下限ギリギリなのでこれで精一杯でした〜!
引用にページ数とかがないやつはヨドバシの電書ではそのへん確認できなかったため書いておりません!申し訳!
私の好きな本たちにちょっとでも興味を持っていただければ幸いでございます!
ハッピーホリデーあんどメリークリスマス!
紹介した本のリスト
『大失敗』(スタニスワフ・レム作、久山宏一約)、2007年、国書刊行会。
『饗宴』(プラトン作、中澤務訳)、2013年、光文社。
『Metro 2033』(ドミトリー・グルホフスキー作、小賀明子訳)、2011年、小学館。(上下巻あります)
『寄宿生テルレスの混乱』(ムージル作、丘沢静也訳)2015年、光文社。
『アルプスの少女ハイジ』(ヨハンナ・シュピリ作、遠山明子訳)、2021年、光文社。
『悪霊』(ドストエフスキー作、江川卓訳)、2004年、新潮社。(上下巻あります)