「もうね、あのお店には何十年もオレンジの器を納めていたはずなのよ。それなのに店主が変わって若い人になってから、今まで注文していた器はずっとグレーでしたよって言われたのよね。おかしな話なんだけど、それで仕方なくグレーの器を作り直して納めるようになったのよ。」
両者の言うことは全く食い違っている。オレンジの器を納品していたと主張する店主側、グレーの器を発注していたという料亭側。実際に料亭を訪れて器を見せてもらったらグレーだったという。その時点で器屋さん側が何か勘違いしていたのではないかと言いたくなったが、通りすがりの客がおばあさんを攻める筋合いなどない。だまってそれをうんうん、と聞いていた。
おばあさんは私に仕事の愚痴をしているのではなかった。他の商品に比べてなぜこのショーケースの1角だけセール価格で売られているのか、というのを教えてくれている中で、その珍事件の話が出てきたのだ。
それも訳ありな値段をつけられて。
そんな話を聞いたらもうこのオレンジの器が愛おしくて仕方なってきた。今頃レストランの食事を彩っているはずのこのオレンジ器たちは、都合によってまだ一度も食事を盛られていないのである。ところが、どういうことかこのオレンジ器たちは、一丁前な顔をしてガラスのケースに並んでいるように見えた。心なしかグレーの器が肩身狭そうにも見える。どうにか仲良くしてほしいと思ったので、オレンジの器とグレーの器を一つずつ、お持ち帰りすることにした。