祖母の安否がわからない

加藤み子
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 夢を見る。一時期、いくら寝ても全く夢を見ない(または見たけど忘れている)状態がしばらく続いていたが、最近は起床時の気分に響くほどしっかりと夢を見る。

 実家や通っていた小学校にいることが多い。登場人物が今の職場の人などでも、なぜか場所はいつも故郷の建物だ。最もよく出てくるのは弟、母、旧友。たまに今の知り合い。ごく稀に好きな作家や推し。こんなに強烈な感情を抱いているのに父は全然出てこない。あまりにも痛めつけられたからか。あるいは封印?

 私が実家を飛び出した頃、二人の弟は大学生になったばかりと高校生だった。それ以来、どんなに愛おしく懐かしく心配に思っていようと一度も再会していないので、私の記憶上の弟たちはいつまでも学生だ。だから夢に出てきてくれる弟たちは永遠に学生のまま。大体が彼らを助けようとしているか、一緒にいたいのに逃げられるかの二択なので、自分が弟たちをどう思っているかなんて簡単に想像がつく。夢の母に対しては説得をしてばかりだ。なぜまだそこにいるの。なんで泣いているの。どうしてわかってくれないの。

 祖父は八十八で亡くなった。自宅で、早朝、座敷の部屋の大きな窓から救急隊員が土足で家に上がってきて祖父を抱えていくのを、学生だった私は泣きながら見ていた。寒い病室で「ご臨終です」を聞いた一拍の遠い、他人事に麻痺した、白い時間を鮮明に覚えている。祖母に最後に会ったのは、彼女が七十歳半ばくらいの年齢の頃だったと思う。他の家族同様、家出をして以降一度も会っていないし、ばあちゃんはインスタグラムをやっているわけでもないから、元気に生きているのかもう二度と会えないのかそれすら知らない私。

 元気? まだまだ寒いけどどうにか長生きしてね。それとも柔らかくて暖かくて穏やかなところにもういますか? 安否を問える相手もいない孤独。家族は愛憎。私はいつになったら実家や小学校から抜け出して、夢と一緒に歳を取れるんだろう。

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