11 台風の目

鯨日記
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 昨日内科の先生に「また来たんですね」みたいな表情をされたことが思い出される。体調を管理できていない自分にイライラしてしまう。今日の仕事は楽しくて、でも記憶はあまりない。帰りの電車が遅れていて遠回りをすることも、お昼ご飯をおごってもらうことも、ぜんぶ健康な時だったらもっと嬉しかった。自分が健康だったことをいちばん実感してありがたがれるのはいつだって風邪をひいている時で、健康な時は自分が健康なことにすらうまく気づけない。まるで台風の目の中にいるみたいに。雨風で髪の毛が乱れ、頬が削られ、そこで凪いでいたあの目の中がいかに清潔で安心できる場所だったのかわかる。わたしの母は一度明確に台風の目の中に入った記憶があるという。あの人は実家に幽霊がいたり、生き別れの兄弟と何十年越しにインターネットで再会したりと、数奇な人生を送っている。母の伝記を書かないといけないという使命感に駆られる。今日なにか大切なことを思い出した気がして、熱を出している時に見る夢も見た気がするけれど、どれもぜんぶ忘れた。忘れるために思い出したようなものだった。日記を書いたら熱があがった。このまま永遠に熱がありそうな気がする。明日も仕事に行かなければ。もうここまでくると仕事に行きたいとすら思う。意地みたいなものだった。2023.12.6