例えばポテトチップスを食べていて「これが最後の一枚だな」と思うのと「さっき食べたのが一枚だった」と気づくのでは後者の方が気持ち的には楽だと思っている。前者の場合「最後の一枚かあ」とわたしは足踏みしてしまう。躊躇してしまう。後から振り返って「あれが最後だった」と思いたい◆来週退職する。仕事で色々な場所に行ったけれど、今日行った場所は今日が最後だった。来週にはもう行かない。毎週のように行っていた場所や会っていた人とは今日が最後だった。それに気づいたのは帰りの電車に乗り込んだ時だった。もし別れ際に気づいていたら彼らの後ろ姿を目で追ってしまっただろう。彼らに「私は今日最後なんです」とは言わなかった。感傷的な空気が苦手で、他人の前で感情的になることが苦手だった。サプライズの花束とかも嫌いで渡すなら最初から言うべきだと思う。花に失礼だ。電車が駅のホームから夜の街へと抜けていく様は、上空から見たらまるで夜に一本の光のアイラインを引いているように見えるだろうか。流れる車窓を見ながら考えまいとしていたことが、様々な事象を押しのけて私の脳内を占拠する。目の前を過ぎ去っていく景色は昔の恋人が住んでいた街だった。この街を眺めることももうきっとない。恋人の私物は今朝、燃えるゴミで全部捨てた。雨が降っていた。寝坊したからもう回収されたかなと思って下に降りたがゴミは積み上げられたままで、どこかで回収されていることを祈っていたような気がする。きちんと回収されるか不安で、ゴミ収集車の音が聞こえると私は玄関のドアを開けて彼らが大きな口にゴミを放り投げていくところを見ていた。ゴミはプレスされて名前を失っていき、判別不可能になる。冷たい雨だった。前髪が少し濡れた。感情的になることが苦手だった。2024.3.6
酔い潰れたり面倒がって翌日になって昨日のことを書くことが多い
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