83 上手な別れかたができない(2/17)

鯨日記
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 新潟に住んでいる親友が近くまで来ているとInstagramのストーリーズで知り、ダイレクトメッセージを送ってすぐに会うことになった。親友は複数人で遊んでいる所を抜けて来てわたしと昼ごはんを食べてくれた。昼の桜木町。散歩して見つけた適当な中華屋に入る。彼が頼んだ五目焼きそばから取り分けられた山芋を見て彼の食物アレルギーを思い出す。勝手につまんで食べる。雑居ビルの絶対に入ったらいけないだろみたいな通路を通った先にトイレがあった。最近彼が観たという映画『パーフェクト・デイズ』の話をした。場所をコレットマーレ一階にあるディーン・アンド・デルーカに移して村上春樹の話をした。『ノルウェイの森』『ダンス・ダンス・ダンス』『ドライブ・マイ・カー』。彼が登場人物の名前を仔細に覚えていたのには驚いた。当然のように登場人物の名前を列挙し、彼ら彼女らの行動や思考について話をした。わたしは読んだ小説の人物名を特別な理由がない限り覚えることができないから「覚えていないなあ」と言いながら曖昧な相槌を打っていた。『ダンス・ダンス・ダンス』を読んでいる時は君のことを考えていた、『海辺のカフカ』はあまりよくわからなかったな、と言いながら彼はラテを啜る。ビオ・セボンで水を買いながらもう一人いる共有の親友の話をした。わたしが最近買ったハロゲイトという靴は彼に倣ったものだと伝えると、三人でお揃いにしようと彼は言った。おれは二人と一緒に暮らしたいくらい二人のことが好きだった。彼は今から新宿に行って、新幹線に乗って夜には新潟に帰る、駅に彼のマツダ・ロードスターを停めている、と言った。彼の助手席に一度乗ったことがある。洗練されたオープン・エア。あれはとてもいい風だった。『海辺のカフカ』の大島さんもロードスターに乗っていた。彼と会っていたのは1時間ほどだった。わたしにも後の予定があったからわたしたちは手を上げて別れた◆夜は大学の後輩に会った。親友も大学で出会った人間だったから、今日は一日に二回も大学の友人に会ったことになる。後輩は45分遅れてきた癖に悔しそうな顔をしていた。彼に三年間預けていた電気照明をわたしの新居の部屋に取り付けてくれた。180センチの大男は些細な背伸びだけで備え付けの照明を取り外した。彼に預かってもらっていた照明は物心ついた時から実家の自室に掛かっていたもので、事情があって長らく彼の自宅にそれは保管されており、久しぶりにまたわたしの部屋を照らしてくれた。その後は焼肉を食べた。服薬のせいで酒が満足に飲めない私の代わりにばかみたいに後輩は酒を飲んで肉を食べてくれた。気を遣わなくていいからねと伝えたけれど学生の時に私の運転で行ったはま寿司で後輩だけハイボールを飲んでたことを思い出し、最後の方にドラゴンカルビとクッパを頼む後輩を見て何も言う必要はなかったと反省した。すくすく育って欲しい。その後はファミリーマートに寄ってから二人で二十人くらい入れるようなカラオケルームに通された。映画『カラオケ行こ!』でヤクザが全員集められていた部屋よりも広かった。andymoriとファンキーモンキーベイビーズを歌った。サザンオールスターズと湘南乃風とASIAN KUNG-FU GENERATIONを歌った。Vaundyと松田聖子を歌った。わたしが二時間かけてゆっくりスミノフを一瓶傾けている頃、彼はストロングゼロを三缶空けていた。あと10分でお時間ですの電話って絶対に聞き取れないから切るタイミングに迷う。帰る時に食べ残していたものをとりあえず全て彼に預けて会計を済ませ、電車から一緒に降りた時に彼のポケットからファミチキが何にも包まれていない状態で出てきた時は人目も憚らずに笑ってしまった。酔っていた彼はぬわあええ?みたいな呻きを上げながらそれをムシャリと食べた。あまりに一瞬の出来事で写真を撮り損ね、油の付着した彼の手のひらの写真だけがカメラロールに残っている◆親友と後輩の2人から帰宅報告LINEが来た頃、わたしは腹痛に襲われ終電を途中下車しそのままレンタルサイクルで40分走って2時に自室のドアを開けて歯を磨きキュレルでメイクを落とし泥のように眠っていた◆別れ際、親友も後輩もわたしの方を振り返らなかった。それを知っているということは、わたしはずっと彼らの後ろ姿を見送っていたということの告白に他ならない。わたしは今年で25歳になるというのに好きな人と別れるということが未だ上手にできない。ずっと一緒にいたいと駄々を捏ねたくなるし、所在なさげにいつまでも手を振っている。一方彼らは別れるのが上手だった。それは彼らが冷たいということではなく、わたしとまた会えると疑いもせずに思ってくれているということかもしれない、とここでは自己中心的に結論づけておこう。それだったらとてもうれしい。2024.2.17