19 テロ

鯨日記
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家に帰って冷凍坦々麺を食べて冷えたビールを飲む。いつも使っているエレベーターのボタンを押し、到着したかごを見た時に異変に気づいた。そこにはキャリー・ケースが一つ、乗っていた。他に乗客はいない。乗ろうか迷った末に乗った。知らないキャリー・ケースと2人っきりになっている時、これがいきなり爆発するんじゃないかという不安がわたしを襲った。そういう類のニュー・テロリズムを想像する。明日のトップ・ニュースにわたしの顔写真と焼け焦げたエレベーターのフラッシュ写真が報道される。「これは無差別テロだ」とニュース・キャスターの男性が声を張り上げる。密室にガスが充満し、行先ボタンも制御盤もロープも何もかもが吹き飛ぶ。跡形もなく。防犯カメラには破裂音と閃光、それにしゃがみこむ男性が映し出され、ブラック・アウトして記録が途絶える。わたしの年齢がセンセーショナルに報道され、新橋駅前を行き交う人々のコメント録りが差し込まれる。その映像が繰り返しニュースに使用される。規制線が張られた前でこちらを真っ直ぐに見つめたレポーターが同じ情報を無意味に繰り返し伝える。スタジオにいる神妙な表情を浮かべたコメンテーターとタレントが交互に映し出され、キャリー・ケースにどうやって爆発物が仕掛けられたかの解説をパネルで行い、著名な大学の権威にZoomで話を聞き、そんなことをしたら模倣犯が出るじゃないかマスコミはいつまで馬鹿なんだという抗議の電話がテレビ局に殺到する。エレベーター会社の株価は暴落し、エレベーターを使わず階段を利用する人が続出し、日本人はみんな健康になる。なんてことを想像したがもちろん想像通りにはいかず、あっけなく目的階に着くと宛もなく立ち尽くした男性がいた。後ろで沈黙を貫いていたキャリー・ケースの取っ手を掴み先導させると「ありがとうございます」とその人は言い姿を消した。わたしの無傷なからだと不健康な精神だけが残った。2023.12.14

@kujuranosenaka
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