54 犬スパイ

鯨日記
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わたしの前の家に犬がいる。柑橘の名前を与えられたその犬は足が不自由で歩行補助の器具を後ろ脚に取り付けられながらわたしの家の前の道をいつも歩いている。いつも。ほんとうにいつも。わたしが仕事に行く時、帰る時、コンビニに出る時、帰る時、友人と遊びに行く時、帰る時。いつもそこにいる。玄関を開けるとぼんやりとただ一点を見つめているのがちらりと見える。今日もいた。わたしはあの柑橘の名を持つ犬を何かのスパイだと睨んでいる。何者かに365日わたしを監視するよう命じられた犬型のスパイ。それが人間であった場合わたしはすぐに気づく。でも犬だったらばれない。安易な作戦だと思う。でも犬がスパイならかわいくていいと思う。仕事で重い荷物を運んで爪が剥がれる。駅でチャイナ・ガールズたちが群がる鳩を文字通り殴り返していた。ガールズの一人と目が合い微笑まれたような気がして、鳩ではないことを伝えるために少し笑い返した。最近やっぱり夜は眠れなくなって音楽を聴いたり色々試したけれど芸人のPodcastが眠れない夜にぴったりであることに気づいた。ラジオが好きな人はみんな眠れない夜があったんだろうなと思えた。眠れない夜がない人にラジオはあまりにも不寛容な気がする。ラジオは優しかった。令和ロマン、マユリカ、真空ジェシカをとりあえず聴いてみる。自然と口角が上がる。目を閉じているのに声を出して笑ってしまうこともある。ラジオというものは不思議で、自分一人にだけ話しかけてくれているような心地になる。彼らの軽妙な掛け合いが、眠る前につい考えてしまう鬱屈としたものものを押し流してくれる。2024.1.18

@kujuranosenaka
酔い潰れたり面倒がって翌日になって昨日のことを書くことが多い X: @kujuranosenaka