191 巡る巡る冒険/A Wild Sheep Chase(6/7)

鯨日記
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メルカリで買った本の配送場所を間違えて学生の頃住んでいたアパート前の郵便局にしてしまった、と友人Aに伝えたら買った本のタイトルに準えて「羊を巡る冒険を巡る冒険じゃん」と言い、友人Bは「私も行きたい」と言った。冒険は孤独ではなくなった。立川をジャンクションにして中央線を下る。都市部が減衰していき車窓が山で埋まる頃、押しボタン式の列車は見慣れた景色を捉える。郵便局は駅から離れていたので、まずは学生の頃通っていたうどん屋で腹拵えをした。山梨郡内地方の郷土料理になっている「吉田のうどん」は硬くてコシの強い麺とすりだねという辛味調味料が特徴で、卒業してからも恋焦がれる学生メシの一つだった。ちょうど二限終わりの学生たちと重なり店内は混み合っていた。「○○は?」「今起きたって」という会話をしていた男女グループにほどなくして金髪の寝癖をくゆらせた男の子が合流して、そのあまりの光景の変わらなさにタイムスリップした心地がした。脱ぎ捨てられたサンダル、教材の入ったエックス・ガールのリュックサック。勘定を済ませて、互いに学生の頃住んでいたアパートを見に行った。友人の住んでいた部屋は坂を上った先にあって、ドアの前に友人のものと思しき靴下が捨てられていた。二人で笑って、駐車場で煙草を吸った。大学構内を少し散歩して、私の家に向かった。住んでいた二軒のうち一軒は廃墟になっていた。家賃一万円のおんぼろ寮、はかつて玄関のあった場所に背の高い雑草が生い茂り、通路だった場所はわからなくなっていた。糸の切れた網戸や煤けた物干し竿や割れたペンダント・ライトが散乱していた。私が置き去りにしたままの鉢植えもまだ置いてあった。二軒目はそこから目と鼻の先にあって、軒先の張り紙に「最近、玄関のドアが勝手に施錠され、締め出されるケースが起きています」と書いてあった。誰が想像できただろうか。数年ぶりに過去の住居を見に行ったら、ごみ屋敷と不可逆的オート・ロック物件に変わっていた。その後は郵便局で無事「羊を巡る冒険 下」を手に入れ、常連だった銭湯の前で煙草を吸って、喫茶店で電車までの時間を潰した。駅前の公園で煙草を吸っていたら後ろで束ねている私の髪を見て、八十を過ぎているという歯のないおばあちゃんが「女ア?」と声を掛けてきた。小学校から下校してきた女の子が目を腫らし鼻を啜っていて「喧嘩でもしたん?」と聞いたら私の眼をまっすぐに見たのち、首を横に振った。メルカリで買った三百円の本を求めて、往復四時間、四千円成。 大きなドラマもなく、だが確かに冒険は完結した。東京へと上っていく中央線の車内で◆昼の友人と別れ、夜は小学校からの友人たちとお酒を交わした。六年付き合った恋人と別れたという一人の話を聞きながら順調に飲み進めた。私が冒険をしていたことを彼らは知らない。二軒目ののち、ラーメンを食べて解散した。十二時を回った後のラーメンは宝石の味がした 2024.6.7