79 光の狐

鯨日記
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朝、いつもの電車。ぬるい光が窓の形に切り取られ足元を流れていく。線路脇の建物に遮られる度にそれは点滅と伸縮を繰り返す。わたしは一番左のシートに腰掛けている。電車で言うところの特等席。通過駅に止まり、扉が開く。同い歳くらいの女性が隣に座る。電車が再び走り出す。やることもなく足元をぼんやり眺めていると、光の河の中でわたしの膝が黒く佇んでいることに気づいた。清流を阻む邪悪な岩にそれは見えた。手を膝に載せると指の影も連動して足元の水面に映る。そのまま影絵の要領で狐を作ってみる。片手の狐は影を泳いで行った。隣の女性は膝の上でスマートフォンを操作していて、わたしたちは同じ水面にいた。わたしはもう一度狐を作る。電車は緩やかな曲線を描くように進む。影が傾く。女性の影とわたしの影が交差し、やがて離れていく。今日はほんとうに仕事で疲弊してしまい楽に死ねるなら殺してくれと思っていて、でも仕事をしている間ずっと、昼に作った光の狐のことを思い出していた。2024.2.13

@kujuranosenaka
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