二コマコス倫理学が掲げるのは「幸福論的倫理学」
幸福論的倫理学とは?
人間が様々な行為をすること、またそもそも存在していること、その究極的な目的は幸福にあると考え、どのように幸福を実現していくかを考える倫理学
NHK 100分 de 名著 アリストテレス『ニコマコス倫理学』 2023年 10月 [雑誌] (NHKテキスト) (p.19). Kindle 版.
幸福こそが最も善いものであり、それを探求していくという立場
第一章 目的の階層について
目的は連鎖する
勉強する
↓
大学に入る
↓
専門的な知識や技術を身につける
↓
よい社会人になる
↓
幸福になる
「幸福になる」ことは目的としてのみ存在し、それ以外の要素は目的にもなるし、手段にもなる
ある技術が他の技術に従属する場合には、そのあらゆる場合において、支配的な技術の目的の方が、この目的に従属する他のいかなる目的よりも望ましいのである。なぜなら、前者の目的のためにこそ、後者の目的もまた追求されるからである
NHK 100分 de 名著 アリストテレス『ニコマコス倫理学』 2023年 10月 [雑誌] (NHKテキスト) (p.21). Kindle 版.
この時代からこういう構造化がなされていたというのが本当にすごい。
これはエンジニアの仕事でも忘れてはいけないだなあとも思う。
自分が一番接しているレイヤー・フェーズでの目的を大事にしてしまいがちだけど、そうするとプロジェクト全体での目的の階層と全く違う捉え方になってしまい、なんのために自分が仕事しているのかを見誤る
倫理学は「実践的学」である
何気に、このトピックが一番胸に刺さりました。
アリストテレスは、こうした様々な学問を大きく三つに分類しました。理論的学、実践的学、制作的学の三つです。理論的学は、知識(知ること)が目的の学問です。自然学(現在の物理学)、数学、形而上学などがこれに当たります。
NHK 100分 de 名著 アリストテレス『ニコマコス倫理学』 2023年 10月 [雑誌] (NHKテキスト) (p.29). Kindle 版.
なぜ倫理学・政治学が「実践的」なのか?
倫理学は、理論を知ることそのものが目的なのではなく、学んだことに基づいて実際によく行為し、充実した人生を送ることが目的ですから、実践に主眼があります
NHK 100分 de 名著 アリストテレス『ニコマコス倫理学』 2023年 10月 [雑誌] (NHKテキスト) (p.29). Kindle 版.
これはものすごく耳が痛かった。
私の中では「哲学や倫理学は難解な学問」というイメージで凝り固まっていたんだけれど、(後の回で出てくるが)「徳のある人が善い行いをするのではなく、善い行いを繰り返しし続ける人が徳を身につけていく」的な話もあり、倫理学というものの捉え方が全然違うなあと。
マルクス・アウレリウス・アントニヌスも自省録で、内省してばっかりいないで実際に行動しろ的なことを自分に言っていたけれど、アリストテレスの影響を受けていたりするのだろうか?
そして、なぜ倫理学が実践的学なのかについての下記の説明も、ものすごい自分にとっては印象的だった。
(要約)それは、数学・物理学などが「常にそうであるところのもの」を対象とするのに対し、倫理学・政治学は「たいていの場合そうであるところのもの」が対象であるから。
数学や物理学と違い、一つのケースで良いとされることが他の全てのケースに当てはまるわけではない。
病人に薬を与えることは良い結果を生むが、健康な人に薬を与えるとかえって害となることもある。
このくだりはすごいスピノザ的なものを感じました
そして、ソフトウェア開発はどうだろう?と思いました
ソフトウェア(というかプログラムコード)それ自体は理論的学に属するはずですが、開発活動や使用者を意識した「ソフトウェア」について語るときは、「たいていの場合そうであるところのもの」に近い要素が多いのではないかと思いました
プログラム自体は「常にそうであるところのもの」なので、そちらに引っ張られて自分が関与する仕事全体がそのようなものだと認識してしまうと、不確実なものに対して確実性を求めてしまったり、変更に弱い方法でアプローチしてしまったりするよなあと
そして、個人的にはこの一節がすごい印象に残りました。
時折、自然科学系の諸学問と比較するかたちで、倫理学(あるいは広く人文学)は「結局のところ、論者の主観に過ぎない」と言う人がいます。言いたいことはわからないでもありません。しかしアリストテレスは、たしかに必然的な真理ではないかもしれないが、だからと言って論者の主観や趣味の開陳でもない、「たいていの場合そうなのだ」という次元でバランスよく事柄を押さえるのです。
NHK 100分 de 名著 アリストテレス『ニコマコス倫理学』 2023年 10月 [雑誌] (NHKテキスト) (p.32). Kindle 版.
プロダクト開発が抱える不確実性に対応する「ベストプラクティス」と言われる手法に対する姿勢は人によってかなりばらつきがあり、私自身もどういう捉え方をするべきか迷う時もありましたが、「必然的な真理ではないかもしれないが、だからと言って論者の主観や趣味の開陳でもない」これに尽きるのではないかなあと思いました。