2025.12.15/私たちが隔絶されていることを思い出す

昏解
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公開:2025/12/15

ハイパーたいくつ/松田いりの

・準レギュラーといっても過言ではない友人との読書交換で届いた本。カラフルに澱んだ背景の中心に、モノクロのカートゥーンキャラが膝を抱えて座っている。帯文には、爆誕とか笑撃とかいう文字が躍っている。

・主人公はとある会社の財務チームに勤める女性。出だしから文章のクセがすごい。思いついたことを何のフィルターにもかけずに放出しているような文体。そしてこの垂れ流される思考以上に反応速度の速い肉体。衝動性の具現化みたい。職場で大きなミスをしてしまったり、言うことをきかない身体に振り回されて欠勤が増えたりで、彼女の人生は常にハードモード状態である。

・職場でも疎まれがちな彼女だが、唯一彼女を気遣ってくれるのは財務チームのチームリーダーの女性である。体調面の心配、欠勤時のフォローなどしてくれるチームリーダーの善意を、しかし彼女は100%信用することができずにいる。そんなチームリーダーがある日、「ペンギンに似ている」と彼女に言う。流れでペンギンの歩き方を真似すると、なぜか職場でのウケがよくって、その日から彼女は「ペンペン」と呼ばれるようになってしまう。

・傍から見ても、主人公が何かしらの精神疾患を患っているのは間違いないと思う。それに対して診断を受けているかは定かではない。むしろ、病名が付くことを避けているのかもしれない。人間として社会で生きていくために。

・読んでいてずっと、「どうしたらいいだろう」という気持ちになった。彼女の心理状態を知って、それでどうしたらいいんだろうと。でも、どうもできないのだ。笑撃と書いてあるし、文章も笑いを誘うし、おもしろいんだけど、これを笑っていいのか?ってずっと思う。もしこれが、たとえば漫才とか落語とかコントとか、お笑いのフォーマットとして提示されていたら、素直に笑っていたのかもしれない。私は小説という形に思考を囚われているのだろうか。

・それから、人と人の分かり合えなさもずっと感じる。私と主人公も分かり合えないし、主人公と他の登場人物が分かり合えることもない。ただお互いに歩み寄ろうと努力はしているのだ、きっと。それを先に諦めたのが、チームリーダーなのだろう。主人公を人間ではなくペンギンだと、認識を改めてしまったのかもしれない。そうすることで、主人公を許容したのかなと思った。そして主人公も、最終的には人間をやめる。人間として社会で生きることを放棄した時、彼女は自分自身から退屈を引き剥がすことに成功したのかもしれない。

・コンプライアンスとか、ハラスメントとか、多様性とか、そういう言葉が侵食する世の中で、本当に他人を思いやるってどういうことなんだろうと考える。理解したいとか、理解されたいとか、そういう気持ちは悪いものじゃ決してないけど、それは絶対に叶わない夢だと、私は思う。わからないことはわからないでいいと思う。どちらかをもう一方に同化させるのではなくて、どっちも共存できることが当たり前になればいい。でもこれも、叶わぬ願いのひとつでしかない。

@kurakurage
読んだ本についての雑感とか日記とか、ネタバレあり